メモリィ・タイムリープ 02
誰もいない体育館に、ドリブルの音が響く。
久々に触ったバスケットボールのはずなのに、よく手に馴染み、自在に操ることができる。
この頃の俺は、毎日こうやってバスケに向き合っていたんだ。
「おはよう、涼太。朝練?珍しいね」
「ゆきっち!おはよう。ゆきっちこそ早いっスね。どうしたの?」
「そろそろ買い出しに行かなきゃいけないから、備品の確認をしようと思って」
「そっか。いつもありがとう。俺も買い出し付き合うから、行く時は言って」
俺が何も考えずにそう言うと、ゆきっちは目をぱちぱちと瞬かせた。
「やっぱり涼太、昨日から何かおかしい…」
「へ!?な、何がっスか!?俺、いつもこんな感じでしょ?」
「うーん、なんだろう……なんというか、雰囲気が丸くなった気がする」
「…そう、っスか?」
あれ、この頃の俺はどんな感じだったっけ。
「……帝光であんなことがあって一時期バスケに対する情熱を失いかけてて、それでも海常に入ってから涼太は先輩たちから良い影響を受けて変わったと思うの。でも……」
「言って。思ってること、全部」
言い淀んだゆきっちを促すと、少し困ったように、でも何かを決心したかのように真っ直ぐ俺を見据えた。
「…涼太はさ、基本的に、自分のことにしか興味が無いでしょ?」
そんなことー…
否定しようとしたが、確かにこの頃の俺は自分のことが全てて、例えば青峰っちを超えたいっていうのも自分のためだったし、黒子っちと一緒にバスケがしたいっていうのも自分のためで。
女の子たちからはちやほや何でもしてもらえて。
頭の中は自分のことでいっぱいだったかもしれない。
ゆきっちの心に気付けなかったのも、ゆきっちはずっと俺の側にいて俺のために笑ってくれるなんて独りよがりな思い込みのせいだった。
「そう…っスね」
「自分にしか当てていなかったスポットライトのギラギラした光が、柔らかくなって、周りも照らし始めた…なんだかそんな感じがする。上手く言えないけど…私は今みたいな涼太の方が、好きだな」
「っ…ごめん、ゆきっち」
ゆきっちはいつも俺のことを見ていてくれて、きっと誰よりも俺のことを理解してくれていたのに、この頃の俺は自分のことで精一杯で。
ゆきっちがどんな気持ちで俺らを支えてくれていたかなんて考えられなかった。
たくさんの経験をして、乗り越えて、成長して、ずっと側で支えてくれたお礼を言おうと振り返った時に、ゆきっちは俺の隣にいなかった。
俺は優しいゆきっちに甘えてばかりで、君の抱えていた苦しみを受け止められなかった。
あの頃あんなに大人びて見えた彼女は、ただの16歳の少女だった。
どうしてそんな簡単なことに気付けなかったんだろう。
「どうして涼太が謝るの?」
「ゆきっちが俺たちのためにしてきてくれたこと、何一つ分かってなかった」
「ちょっと待って、何の話…?」
「またみんなと笑ってバスケができるように、俺も、頑張るから」
「涼太…本当にどうしたの…?」
きっとゆきっちが今まで接していた俺とはあまりにも違うせいで、困惑している。
それでも俺の真剣な様子が伝わったのか、ゆきっちは俺の意図を汲み取ろうと真剣に耳を傾けてくれている。
「一生懸命練習していくら強くなっても、一人でバスケはできないから。真剣にバスケに向き合って、試合して、乗り越えて、みんなで汗流して………それだけじゃなくて、ゆきっちが側で笑っていてくれないと意味がないってことに気付いたんスよ」
「……」
「ねえ、ゆきっちは今のままで良いの?いつも俺たちのこと支えてくれて、自分のことは二の次になってないっスか?」
「…そんなことないよ。海常のみんなが頑張ってる姿を、成長してる姿を側で見て…少しでもその助けになっていればいいなって思って、」
「キセキの世代」
言葉を遮るように言うと、ゆきっちの表情が固まった。
「ちゃんと分かってるっスよ。ゆきっちが俺たちのこと、すごく心配してくれてるの。………お願いだから、ゆきっちの思ってること俺には全部話して。一緒にどうすれば良いか考えよう?一人で抱え込むのはもうやめて」
「……どうして、わかるの…」
ぽつりと呟かれた言葉は広い体育館の中で反響することなく消えていった。
ずっと俺たちには言えなくて、それでもどうにかしたくて、君は火神っちに縋って。
そして火神っちをきっかけに俺たちはどんどん変わっていった。
そして君は、俺の手が届かないところに行ってしまったんだ。
あの頃の俺には分からなかった。
だから、君の手を掴むことができなかったんだ。
でも今度は違う。
だから、きっと君の手をー……
「ゆきっちのことが好きだからっスよ」
(新しい結末を、つくるんだ)
2014/9/21