メモリィ・タイムリープ 11
WC準決勝。
相手は誠凛。
絶対に負けられない相手。
でも、やっぱり運命は変えられなかった。
努力が、足りなかったのか。
想いが、足りなかったのか。
どんなに頑張っても、火神っちには敵わないのか。
最初から、俺じゃダメだった?
「涼太、見つけた」
涙でぐちゃぐちゃな顔を見せたくなくて、会場から離れたのに、すぐに見つかってしまった。
ジャージの袖で顔を擦り、ゆきっちに向き合う。
「そんな風に乱暴にしたら、目が腫れちゃうよ?」
そう言って、タオルハンカチで優しく目元を拭ってくれた。
その手を掴み、自分の方に引き寄せる。
胸に抱きとめてしまえば、この情けない顔は見えない。
「ごめん・・・俺、勝てなかった」
「・・・うん」
「俺が、変えるって、言ったのに」
「うん」
「でも、だめだった」
「うん」
「・・・幻滅した?」
「しないよ」
俺の背中に回された手が、小さな子をあやすかのように、ゆっくりと揺れる。
「涼太が本気で頑張ってる姿、私が一番近くで見てきたんだよ。幻滅なんてするはずない。それに、私が望んでたのは勝つことじゃないよ。こうやって自分に、仲間に、相手に向き合って、本気でバスケするみんなが見たかった。その願いを、こうやって涼太が叶えてくれてる。これ以上私が望むものなんて、何もないよ」
「でも、」
「涼太がずっと何かに悩んでるのは知ってる。それが私に関係してるってことも、なんとなく・・・」
「ゆきっちを、悲しませたくなかった。傷つけたくなかった。昔みたいに、みんなで笑ってバスケをできるようになったらって、そう思って・・・・・・でも、それとは関係なく、俺は火神っちに勝ちたくてー・・・結局俺、自分のことしか考えてなかったってことに今気付いたっス・・・はは。俺も含めて、みんな火神っちから影響受けて、どんどん変わっていって・・・悔しいっス」
「火神くんは、確かにみんなが変わるきっかけになった。きっと明日の洛山戦でも、赤司くんに何かが起きると思う。火神くんとテツヤなら、あの赤司くんにだって勝てるんじゃないかって、そんな予感かする。確かに火神くんはすごいと思う。でもさ、」
言葉を区切ったゆきっちが俺の胸から顔を上げる。
その透き通った瞳が揺れて、一瞬強い光がきらめく。
「涼太が頑張っていることと、火神くんがすごいことに関係はないよ。涼太には、涼太だけにしかない良いところやすごいところがたくさんあるし、私は、それを誰よりも知ってるつもり・・・だから、涼太が自分と火神くんを比べて落ち込むのは見てて辛いよ」
どうして、
「どうしてゆきっちは、いつも俺が欲しい言葉を的確にくれるんスか・・・」
そうだ、俺がこんなに苦しいのは、ゆきっちが選らんだ火神っちと選ばなかった自分を比べて、勝手に劣等感を燻らせて。
相手の優れたところばかりを見て自分と向き合おうとしなかったから。
試合に勝てれば、なんておこがましかった。
ゆきっちは、そんなことで人に優劣をつける子じゃないのに。
霧が晴れて、一気に視界が明るくなるような感覚がした。
「それはね、涼太。私が、涼太を好きだからだと思う」
「ゆきっち・・・?」
「涼太は、私の前でかっこつけたいって言ってたよね。でも私は、こうやって他の人には見せない弱みとか、強がらずに全部さらけ出してもらえるのが嬉しいよ。・・・・・・別々の人間だから、完全にお互いを理解することは難しいかもしれない。でも、涼太のことをもっと知りたいし、私のことももっと知って欲しいなって思うの。だから、」
「待って、ストップ」
世界で一番好きな女の子からの告白を遮った。
だって、俺から言わせて欲しい。
「ゆきっち、好き。大好き。
俺と結婚してください」
「け、結婚・・・?」
「あ・・・いや、結婚を前提に付き合ってください!」
先走った告白に、ゆきっちは困惑しているようだった。
俺たちはまだ高校生だったことを忘れていた。
「俺、本気っスから。本気で、ゆきっちのこと幸せにしたい。幸せにするっス。だから、俺と付き合って欲しい」
「・・・はい。よろしくお願いします」
照れくさそうに微笑むゆきっちを、永遠に見つめていたい。
***
翌日、俺たち海常は秀徳に負け、誠凛は洛山に勝利した。
試合の流れも、ほぼ記憶通りだった。
やっぱり運命は変えられない―・・・なんて、悲観したりはしない。
だって、俺とゆきっちは結ばれた。
あの頃とは違う運命の流れが、確実にやってきている。
冬休みにわざわざ集まってみんなでバスケするなんてイベントも、前には無かったことだ。
「もう一回!もう一回ワンオンワンするっスよ!」
「あー、うぜぇ黄瀬。おいゆき、このクソ犬に鎖付けとけ。おい火神、俺とワンオンワンしろ」
「ヒドっ!」
「よしよし、涼太。ちょっとこっちで休んでようね〜」
キセキの世代に、火神っち、桃っちとゆきっち。
中学生の頃に戻ったみたいな穏やかな時間だった。
「っつーかいつにも増して青峰っち、俺に対する当たり強くないっスか?!」
「大ちゃん拗ねてるのよ。ゆきちゃん取られちゃったから」
「うるせぇぞさつき」
「もしかしてさつき・・・気付いてた?」
「んふふ、もちろん。きーちゃんとゆきちゃんが付き合い始めたことは、みんな気付いてるよ」
「えっ、ええっ」
「おめでとおーーーー!!!!」
照れるゆきっちを抱き潰す桃っちを微笑ましく見つめていると、周囲から強い圧を感じた。
「やっとくっついたんですかという気もしますが、やっぱり心配ですね」
「おい黄瀬、ゆき泣かせんじゃねぇぞ」
「黄瀬ちんずるいしー」
「2人の相性は悪くはないのだよ。だからといって上手くいくとは限らん」
「俺は、いつでもゆきを迎え入れる準備が出来ているから安心してくれ」
かつてのチームメイトたちに祝福とも悪態ともつかない言葉をかけられる中、火神っちがためらいながらも俺に言った。
「黄瀬、良かったじゃねえか」
「・・・もう俺のっスからね。あげないっスからね」
「っだから!取らねーっつーの!」
「でも火神くん、ゆきさんのこと可愛いって言ってましたよね?」
「く、黒子!余計なこと言うなって!それはあれだ、小動物的なあれだって!」
焦る火神っちを、みんなでからかう。
ごめん、火神っち。
本当は火神っちとゆきっちが結ばれる運命だったかもしれない。
それを無理やり捻じ曲げたのは俺。
もし、それが原因で何が起こったとしても、ゆきっちだけは絶対に幸せにする。幸せにするから。
(ずっと俺の側に)
2018/6/27