メモリィ・タイムリープ 10
WCの開会式後、キセキの世代のメンバーたちは赤司っちに呼び出され、久々に全員が集合した。

赤司っちが火神っちにハサミを向けて放った一言、「僕に逆らう奴は親でも殺す」を、人生で二度も聞くことになるとは思わなかった。

ぴりぴりした空気の中、俺は火神っちをさりげなく観察する。
この後、誠凛は桐皇と試合を行い、勝利する。
青峰っちが負けたことにより、もう一度バスケにきちんと向き合うようになり、そこから他のキセキの世代たちもどんどん変わっていく。もちろん、俺も。
そのきっかけとなった誠凛――火神っちに急速に惹かれていったゆきっち。

惹かれるのは当然だと思う。
火神っちは、バスケを抜いても普通にいい男だ。
まっすぐで、ひたむきで。体格も良い、バスケの才能もある。帰国子女で英語も喋れる。料理も上手い。将来はNBAで活躍する。ゆきっちのこともすごく大事にして。
ゆきっちを幸せにしてくれるのは、分かっている。
それでも、渡したくない。
ゆきっちを幸せにするのは、俺でありたい。

俺たちキセキを変えるきっかけを与えてくれたことには感謝している。

「・・・さっきからなんだよ、黄瀬」

俺の視線に気付いた火神っちが、訝しげに声を掛けてきた。

「いや、火神っちには感謝してもしきれないなって思って」

「・・・ハ?」

だって、火神っちがゆきっちを攫ったから、俺は心底後悔して、ゆきっちを幸せにすることだけを考えて、こうして過去の自分の過ちを一つ一つ拾ってやり直すことが出来ている。

「ありがと。火神っち」

この先、どうなるか。後は俺次第。


***

※ヒロイン視点

WCはついこの前始まったばかりだというのに、もう準々決勝。
私たち海常の相手は、福田総合。
元帝光中バスケ部の祥吾と涼太には因縁がある。
試合、荒れないといいけど・・・


「よォ、ゆきじゃねえか」

名前を呼ばれて振り返ると、そこには祥吾がいた。
久々に会った祥吾は、中学時代と比べて随分いかつい印象だ。
正直、個人的に接触はしたくなかった。

「・・・祥吾、久しぶり。高校でもバスケやってるって知って、びっくりした」

「お前こそ、海常なんかに行きやがって。ついに黄瀬の女になったのか?」

「下品な言い方しないで。家から近かったから海常を選んだだけ。涼太は関係ない」

「まあ、なんでもいいんだけどよ」

"黄瀬は、お前のこと好きなんだろ?"

獲物を狙うかのように舌なめずりをし、そう言った。

祥吾は、中学の頃から何かと人のものを欲しがった。
涼太のファンだった女の子を次から次へと食い荒らしては、勝ち誇った顔をしていたっけ。
おそらく祥吾は、私を手に入れることによって、涼太よりも優位に立てると信じている。
中学の頃にも何度かちょっかいを出されたが、赤司くんやみんなの目があり、しつこくされることは無かったけれど。
今は違う学校にいる祥吾を阻むものは何も無い。

「勘違いしないで。私は涼太のものじゃないから奪ったところで何の意味もない。それに、私は祥吾には靡かない」

「ふーん?言うじゃねえか」

一気に距離を詰められ、両手を壁に縫いつけられる。
太ももの間に脚を入れられ、ぐっと押さえつけられれば逃げることすら出来ない。

「お前にその気が無くても、俺はお前を簡単に奪える。お前の意思がそこになかったとしても、それを知った黄瀬はどう思うんだろうなあ?しかも、それを試合前に知ったら?ブチ切れて乱闘沙汰?戦意喪失?俺はどっちでもいいけど」

「・・・やめて」

「あ?聞こえねえなあ、ゆきチャン。そのカワイイ唇、塞いでやるよ」

「やっ・・・」

ギラギラと光るその眼光に捕らえられ、逃げられないことを悟った。
顔を背けようとするが、私の腕を片手で押さえつけ、もう片方の手で顎を固定される。

「りょ、」

涼太、

そう名前を呼ぼうとした瞬間、祥吾の口角がぐっと上がった。
ああ、名前を呼ぶのは祥吾を喜ばせるだけか、と悟ると同時に、唇が塞がれた。
男物の香水の香りがする。
逃げようともがくが、圧倒的な力の前にそれは叶わない。
唇を舌で無理やり押し広げられ、口内にぬるっとした感覚が侵入する。
苦しくて、息ができなくて、身体からどんどん力が抜けていく。
それに気付いた祥吾が私の腕を開放すると同時に、私は祥吾の胸にもたれかかるように崩れ落ちた。

「・・・そんなに良かったか?」

耳元でそう囁かれ、嫌悪感に襲われる。
力いっぱい祥吾の胸を押し返し、距離を取った。

震える肩を、押さえつけるように自分の腕で抱く。

「っ・・・」

私は何も言葉を発することが出来ず、海常の控え室に戻った。


***


「坂崎、遅かったな・・・・・・・・・おい、どうした?」

勢い良く開いたドアから入ってきたゆきっちに笠松センパイが声をかけたが、その様子に息を飲んだ。

潤んだ瞳に乱れた髪。肩は震えている。

「・・・ゆきっち?」

「あ・・・いや、えっと、なんでもないです。すみません。時間に遅れちゃうと思って、急いで戻ってこようとしたら、ちょっと・・・急ぎすぎちゃったみたいで・・・少し休めば平気です」

何もないわけがない。声も震えてる。
みんな気付いているはずだが、そう言われるとそれ以上追求することもできない。

俺が知っている限りでは、こんなことは起きなかった。
未来が変わっている証拠なのだろうが、その代償としてゆきっちが傷付くことは俺の本意ではない。

「・・・黄瀬とゆきちゃんで、スポドリ買ってきてくれないか?粉じゃないやつ、急に飲みたくなって」

「え・・・」

「了解っス!行くっスよ、ゆきっち」

森山センパイの気遣いに感謝しながら、ゆきっちを控え室から連れ出した。


***

人があまりいない、体育館の奥の方にある自販機までわざわざやってきた。
温かいミルクティを購入し、ゆきっちに渡す。

それを一口飲み、ゆきっちは少し落ち着きを取り戻したようだった。

「落ち着いた?」

「うん・・・ありがとう。大事な試合の前なのにみんなに気を遣わせちゃって・・・」

「・・・何があったんスか?」

「・・・・・・」

ゆきっちは、ゆっくりと首を横に振るだけで、何も言ってはくれなかった。

「俺にも言えないこと?」

「今は、話せない」

”今は”ということに違和感を覚えた。
何か、試合に影響を与えそうなこと・・・まさか、ショーゴくん、と思い至ったところで、ゆきっちがベンチから立ち上がった。

「ごめん、本当にもう大丈夫。ありがとう。そろそろコートに行かないと」

「そう、っスね」

小さな震える身体を、優しく抱きしめた。

「大丈夫っス。大丈夫っスよ、ゆきっち。何があっても、俺が側にいるっスから。だから、安心して」

「・・・うん。ありがとう」

俺のジャージの裾をぎゅっと握るゆきっちから、知らない男の香水の香りがした。


***


その香水の香りを付けた男は、すぐに見つかった。

「・・・ショーゴくん、ゆきっちに何したんスか」

「さぁな。アイツ、喜んでただろ?善がって可愛かったぜ」

ショーゴくんが、わざと俺を煽ろうとしている。
俺に対する対抗心をひしひしと感じた。

その原因が過去の自分にあったとして、それがゆきっちを傷つけることに繋がっていて。

ああ、いつだって後悔ばっかりだ。

一体いつからやり直せば、ゆきっちを少しも傷つけることなく幸せにできる?

「なぁ、お前はゆきをもう抱いたのか?」

「・・・ショーゴくん、俺より弱いくせにうるさいっスよ。言いたいことがあるなら、勝ってから言ってくれない?」

「っ黄瀬てめぇ」

「やめろ、黄瀬」

センパイに止められ、大人しく自分のポジションに戻った。
この試合、絶対に負けねえ。


***


「「「「お疲れ様でした」」」」

福田総合に勝利し、いよいよ明日は誠凛との準決勝。
明日に備えて早々に解散となった。

同じ電車に乗ったセンパイたちが、一人ずつ自分の最寄駅で降りていく。
次はゆきっちの最寄駅。
その隣の駅が俺の最寄り駅。

「じゃあ、今日はお疲れ様・・・って、何で涼太も降りるの?」

「今日は家まで送らせて」

「いやいや、明日も試合あるのに遅くなったら・・・」

「今日の試合余裕すぎて動き足りなくて。一駅分くらい歩きたい気分なんスよ」

ね?と首を傾げれば、ゆきっちは笑った。

「じゃあ、お願いします」

駅から15分程度とはいえ、閑静な住宅街は人通りが少なく暗い。
いつも一人でこの道を歩いていると思うと心配になる。
これから毎日送っていこう。

「ねえ、ゆきっち」

「ん?」

「ショーゴくんに何されたの」

「・・・気付いてたんだ」

「ゆきっちからした男物の香水の匂いがショーゴくんからしてたっスから・・・香水の匂いが付くくらい、密着されたんスか」

ゆきっちを見つめながら聞くと、その大きな瞳が一瞬揺れた。

「キス、された」

「・・・どこに」

「・・・くち」

「っ・・・」

あの男には指一本触れさせたくなかった。
それなのに、よりにもよって、この唇に。

するりとゆきっちの顎に手を添えて、唇に指を這わせる。
びくっ、とゆきっちの肩が揺れた。

「ごめん、怖い?」

「・・・涼太は、怖くない」

「消毒させて」

ゆきっちの返事を聞かずに、ゆっくりと唇を重ねた。

ちゅ、ちゅ、と、何度も角度を変えてついばむような優しいキスをする。

こわばっていたゆきっちの身体から、段々と力が抜けていくのを感じ、そっと腰を支える。

唇をぺろっと舐めると、ゆきっちの唇がゆるく開く。
誘われるように舌を入れると、それに応えるようにゆきっちの舌もぬるりと動いた。
慣れてない、たどたどしい舌使いを愛おしく思いながら、優しく口内を愛撫する。
苦しいのか、ふっあっ、と色っぽい息が漏れる。
名残惜しさを感じながら、最後に唇にちゅっと優しく口付け、ゆっくりと開放した。

「・・・ショーゴくんにされたこと、忘れられそう?」

そう聞くと、ゆきっちは顔を真っ赤にしながら何度も頷いた。
その様子があまりにも可愛らしくて、思わず笑ってしまう。

「どうして笑うの・・・」

「ゆきっちが可愛すぎて」

「・・・涼太、余裕ありすぎて・・・なんだか・・・」

「ん?」

「悔しい、な」

「そこは嫉妬する〜とかじゃないんスか?!」

「ふふっ」

「・・・余裕なんてないっスよ。ゆきっちの前ではいつもかっこつけようと必死」

「・・・本当に?」

「本当に」

「涼太はいつだってかっこいいよ」

「・・・本当に?」

「本当に」


2人で目を見合わせて吹き出す。

ああ、こんなに幸せな時間を過ごせるなんて思わなかった。
ずっと、この幸せが続きますように。

(そのためだったら何だってしてやる)

2018/6/25



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