メモリィ・タイムリープ 07
負けた。桐皇に。青峰っちに。

一度経験している、内臓がひっくり返りそうなほど悔しい気持ち。
その気持ちと、運命は変えられないのかという絶望感が合わさって、ぐちゃぐちゃだ。

この頃の俺が、フィジカル面で青峰っちに一歩及ばないのは分かっていたことだった。
でも、精神的な要因が、実際の能力以上のモノを発揮させることを経験上知っていた。

絶対に負けられない。

その気持ちが、自分の能力を最大限に高めていくことを。

何より、一度失ったはずのゆきっちが、俺の側に寄り添っていてくれている。
それだけで、何でもできる気がした。
青峰っちにだって、火神っちにだって、勝てる。と。

でも現実はこれだ。

また俺は負けてしまった。

それでも、本気の青峰っちを一瞬でも引き出せたことには必ず意味がある。
あの頃の、ただ純粋にバスケを楽しんでいた頃の青峰っちの表情は、ゆきっちも気付いたはずだ。

お願いだから、幻滅しないで。
火神っちじゃなくて。
俺の中に、希望の光を見出して。

今すぐには無理でも、きっと君が望む結末を掴み取ってみせるからー・・・


***


「涼太、お疲れさま」

そう言うと、ゆきっちは俺の隣に座った。
目元が少し赤い。
でもその表情は、晴れやかなものだった。

「ごめん、俺・・・勝てなかった。絶対に勝つって言ったのに、かっこ悪いっスね」

「かっこ悪いだなんて、絶対にそんなこと、ない」

俺に言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
あまりにも心地良い響きに、涙がこみ上げそうになる。
それを誤魔化すように、ゆきっちの華奢な肩に頭を預けた。

「涼太も大輝も、楽しそうだった。本気でバスケしてるのが伝わってきた。なんだか昔の2人を見てるみたいで、嬉しかったよ。どっちが勝っても負けてもおかしくない試合だったと思う」

だから、謝らないで。と、微笑むゆきっちをとても綺麗だと思った。

「きっと今日の試合をきっかけに、大輝も、涼太も変わっていくんじゃないかな。そんな予感がする」

その言葉が、今の俺にとってどれほどの意味を持つのかゆきっちは知らない。

火神っちではなく、俺に、希望を見出してくれた?

「・・・絶対に、変えてみせるっス。みんなで、笑ってバスケができる未来に」

俺のこと、信じてついてきてくれる?

「ありがとう。今の涼太なら・・・きっと、変えられる」


抱きしめたい。今すぐに。強く、でも、壊さないように優しく。
めちゃくちゃに抱きしめたい。全身で君が好きだと、君が大切なんだと伝えたい。
大切すぎて、他の人が君を幸せにすることすら許せなくて、こんな奇跡みたいな現象が起きて。
この先どんな結末が来たとしても、今君と過ごしているこの夏のことは一生忘れないだろう。


込み上げる気持ちをぐっと抑えて、俺は静かに頷いた。


***

※ヒロイン視点

「坂崎」

「火神くん・・・?」

今日、火神くんに会うのは二回目だ。

一回目は試合が始まる前。
二回目は、部員たちが使用していた控え室の掃除と最終点検を行い、施設管理に報告を終えて部員たちに合流しに行く途中の、今。

「今日は・・・その、残念だったな」

「そうだね。でも、これをきっかけに海常はもっと強くなるから」

「ああ。俺たちも負けてらんねー」

そう言ってニカッと笑う火神くん。
純粋にバスケが好きで、強いチームと試合をするのが楽しみで仕方ない。
そんな気持ちが全身から溢れ出ていて、眩しくて、思わず目を細める。

「黄瀬は一緒じゃねえの?」

「ちょっとマネージャの仕事をしてて、これからみんなと合流するところなの」

「・・・へー」

「涼太に何か用事だった?」

そう聞くと、火神くんが少しバツの悪そうな顔をした。

「あー、いや、なんつーか・・・さっき試合が始まる前に坂崎と会って、もうちょい喋りたいって思ったっつーか・・・でも黄瀬がー・・・」

「俺が、なんスか?」

「うわっ!」

向かい合って喋っていた私と火神くんの間を遮るように、涼太が横から火神くんの顔を覗きこむように急に現れた。

「おまっ・・・黒子じゃねえんだから、急に現れんなっ・・・!」

「いやー、俺の名前が聞こえたから、つい」

私からは涼太の表情が見えないが、その声色と火神くんの引きつった表情を見る限り、少し怒っているようだった。
私から何か声を掛けようか迷っていたが、涼太が私に向けてスッと手を出し、それを遮った。

「ダメっスよ、火神っち。黒子っちのことは本人の意思を尊重したっスけど・・・ゆきっちは、絶対にあげない」

「別にそんなつもりは、」

「どんなつもりでもいいっスけど、キセキの世代の・・・俺たちの問題は、ちゃんと俺たちでなんとかするっス。だからちょっかい出さないで。俺が隣にいる限り、ゆきっちを悲しませるようなことはしないっスから」

火神くんには、テツヤを通して何度かキセキの世代のバスケのことで相談に乗ってもらったことがあった。
純粋にバスケを楽しんでいた頃の大輝と重なる部分があって、眩しくて、きっと彼がキセキの世代を変えてくれるような予感があって、惹きつけられていたのは事実だったが、涼太が懸念しているような気持ちではない。
火神くんもそんなつもりではなかったはずだ。
ただ単純にテツヤとも知り合いで、キセキの世代の話やバスケの話が出来る友達。
だからこそ、火神くんは涼太の剣幕に困惑しているようだった。

「涼太、」

「大丈夫っスよ、ゆきっち」

私を安心させるように微笑む涼太は、いつもの涼太だった。
怒っているようだけれど、冷静さは欠いていない。
きっと何か意図があるんだと、そう思わせる何かがあった。

「っつーわけで、WCで試合できるの楽しみにしてるっスから。次は青峰っちにも・・・もちろん火神っちにも、誰にも負けねえっス」

「・・・ああ、俺も負けねえ」

結局、話はまとまったらしい。
話の展開についていけず、私はただその場に立っていることしかできなかった。

そんな私の様子を見て、火神くんはふっ、と笑い、大きな手で私の頭をがしがしと撫でた。

「わ」

「じゃーな、坂崎。黄瀬と仲良くな」

最後に優しくぽんっと肩を叩かれ、火神くんはそのまま去っていった。

頭の中で、がちゃん、と一瞬大きな音が聞こえた気がした。

まるで、線路を分岐させるための分岐器が動いた時のような音が。

(運命が変わる音がした)

2018/06/13



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -