私は、とても平凡な女の子だった。
身長も体重も平均。顔も、悪いっていうわけじゃないし、だからと言って誰もが振り返るような美少女でもない。
もうちょっと目が大きくてまつげが長ければいいなとか、ちょっと丸みを帯びた輪郭がシャープになれば大人っぽく見えるかなとか、平凡な女の子らしく考えたりする。
ただ一つ目立つ部分と言えば、平均よりも大きな胸だ。
友達からは羨ましがられることも多いが、中学に上がってすぐ、まだ全体的な幼さが抜けないうちに膨らみ始めた胸は、思春期に差し掛かった男子からは注目の的だった。
中学生1,2年の頃は面と向かってからかわれることも多く、少々引っ込み思案な性格の私は顔を真っ赤にして俯くことしかできなかった。
それが3年生になると面と向かって言われることはほとんど無くなる代わりに、裏で様々な卑猥な妄想のネタとして話されていたようだ。
男子と仲が良いちょっと派手な女の子たちが、「ほんっと男子ってサイテー!名前ちゃん、気にすることないよ」なんて言いながら教えてくれたっけ。
ただ普通に会話をしている間にも、相手の男子の視線が無遠慮に胸元を彷徨っていることに気付かないフリをしていたのに、裏でそんなことを言われていると知ると普通の会話をすることすら何だか嫌な気持ちになる。
それからちょっとだけ男の子というものが苦手になり、この空間から逃げたくて、中学から何駅か離れた高校への進学を決めた。




***




私が入学した岩鳶高校には、同じ中学だった子はあまり進学せず、最初は不安だったけど女の子の友達はすぐにできた。
男子に対してはやはり苦手意識があり、話をしても視線が胸元に下りるのを見るとそれ以上仲良くなるのをためらってしまう。
そんな時、席替えをして隣の席になったのが橘くんだった。



「苗字さん、隣だね。これからよろしく」



優しい瞳で私の目を見つめ、にっこりと笑いかけると橘くんは私の隣の席に座った。
胸元に視線を彷徨わせることもなく、ただ真っ直ぐと視線を交わらせた男の子に出会ったのはいつ振りだろう。
私は軽い衝撃を受けた。
元々橘くんは身長が高く、かっこ良くて、大人っぽくて、誰にでも優しくて、女子の間でもよく話題になっていた。
今まで席が遠かったし、委員会も違うし、こうやって面と向かって話をするのは初めてのはずだ。
人気者の橘くんが私の名前を覚えていたのも驚いたし、あまりにも優しい目をしていたから、ちょっとだけどきどきしてしまった。
私は「こ、こちらこそよろしくねっ」と吃りながらも、橘くんの優しい目を真っ直ぐ見つめ返す。
すると橘くんは眉毛と目尻を下げてにこっと笑ってくれて、なんて素敵な笑顔なんだろうなあと思い、自分の顔がだらしなく緩んでいくのを感じた。




***




「苗字ってさ、すっげえ胸でかくね!?大人しそうな顔してんのに、そのギャップがすげえよなあ」



放課後、下校していた私は途中で宿題を学校に忘れたことに気付き、一緒にいた友達と別れて教室へ引き返してきた。
校庭では運動部が活動をしているが、校内に残っている生徒はあまり多くはない。
でも教室から数人の男子の声が聞こえた。そしてその中には橘くんもいるようだった。
しかも、話題は私の胸の話。橘くんがそんな話に加わっているのがショックなのと、そんな話をしている最中に教室に入るわけにもいかず、私はドアの前で固まってしまった。



「わかるわかる!つい見ちゃうよな」


「なあ、何カップだと思う?」



ぎゃーぎゃーと騒ぐ中に橘くんの声はないけど、今どんな顔をしているんだろう。
困ったように眉を下げて、話題が変わるのを待っているのかなあ。

ぐるぐると考えていると、ふいに男子の会話が止まった。



「でも俺はさ、そんなことよりも苗字さんの優しいとこに目がいっちゃうな」



橘くんの一言がきっかけだった。



「おい真琴〜、興味ないとは言わせねえぞ〜?」


「そりゃあ目立つなあとは思うけど、そんなとこばっか見て苗字さんの本当の良さが分からないなんて損してると思うよ」


「なにお前、苗字のこと好きなの?」


「優しくて素敵な子だなって思ってるよ」


「へえ〜」



あまりにも橘くんがあっけらかんと言うものだから、周りの男子たちは茶化すのを止めて、話題は全く違うものへと変わっていった。

心臓がばくばくしている。
橘くんはどういうつもりであんなことを言ったんだろう。
彼は優しいから、下品なからかいの的になった私に同情したんだろうか。

私にはさっきまで自分の話題で盛り上がっていた男子がいる教室に入って机の中からプリント取ってくる勇気があるわけもなく、諦めてそのまま家に帰った。




***




「おはよう苗字さん。あれ?宿題やってこなかったの?珍しいね」


「あ…橘くん…うん、その…学校に忘れちゃって」



昨日の話を私が聞いていたことは橘くんは気付いていないはずだけど、なんとなく気まずくてぎこちない返事をしてしまった。
それなのに橘くんは気にせず「そっか、大変だったね」と優しく微笑んでくれて、私の心臓はまた昨日みたいに鼓動が早くなった。
確かに橘くんはすごく優しいし、かっこいいし、本当に素敵な人だと思っていたけど、そういう憧れの気持ちとは別なものが自分の中に芽生え始めているのを感じる。
彼を見ると、嬉しい気持ちと、心臓がきゅーっとなるような、なんだか切ない気持ちがぐちゃぐちゃになって、上手く声が出ない。
昨日まで普通に会話できていたのに、何を話していいのか分からない。



「もしよかったら、俺のプリント写す?」


「えぇ!?だ、だめだよそんなのっ!橘くんが自力で頑張ってきたんだもん…!」


「えっ、俺は全然かまわないんだけどな…それに、もうすぐ授業始まっちゃうよ?」


「あ…ほんとだ……でも、やっぱり真面目にやってきてる子がいる中で自分だけ楽はできないよ…気持ちはすごく嬉しいけど、」


「…苗字さんってすごく真っ直ぐだよね。そういうところ良いなって思う。ごめんね、余計なこと言って」


「っ、た、橘くんは悪くないよ!そもそも私が宿題を忘れたのが悪いわけで…気持ちはとっても嬉しいの!なんだか上手く言えないんだけど、本当に、嬉しいの…!」



顔を真っ赤にして訴えかける私のことを、橘くんが呆気に取られたように見ている。



「あっ…その…ごめんなさい…」


「…っあはは…!苗字さん、本当に良い子だよね。あのさ…名前で呼んでもいいかな?……もっと仲良くなりたいな」


「えっ……う、うん」



突然の申し出と真剣な表情に今度は私が呆気に取られていると、橘くんは今までの中で一番優しく微笑んで



「よろしくね、名前ちゃん」



と、とびっきり甘い声で呼びかけた。


(うるさいくらいに高鳴る鼓動に、私は恋を自覚した)


2014.3.12
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コメントにあった「いっしょに溶けるの馴れ初め」と「同じクラスのちょっとおとなしい女の子」というシチュエーションをお借りしました。
ありがとうございました!
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