プリメーラ -PREMERA- | ナノ


Return of WOLFs 2








[The central nerve is INVADE]





見慣れた自宮に繋がる扉を開ける。

たった半日空けただけのその部屋に
酷く懐かしさを覚えた男は
スッと目を細めた。



といっても、

グルリと見渡す室内の様子が
半日前と変化があったわけではない。


…まあそれは当たり前なのだが。



ただ一つ違う点を挙げるとするならば

そこに居るはずの姿が
もはや居た気配すら残さず消えていた。







『ただいまー!!

 イアンオヤツは〜?』


『おかえりなさいませ
 ご用意してありますよ

 手を洗って来てくださいね』






…ふと


以前目にした光景が浮かぶ。




「イアン…

 いないね」


「…………」




スタークの想いを見透かしたように
リリネットがぽつりと呟く。




分かってはいた。



あの白い部屋で目覚めた時に
傍らに居なかったことで

もう分かってはいたのだ。




「…いいの?スターク……」




傍らのリリネットがスタークを見上げる。

その視線はいつも自分に向ける物よりも
ずっと深い色をしていた。

男は眉をしかめ彼女を睨むと
ぐしゃぐしゃと髪を掻き上げる。




「…いいも何も無えだろう

 アイツは…」




そこまで言って、ふと言葉を止める。

次の言葉を発するために開けた唇は
何の音も出さぬまま。



それは 間違ってはいない



…はずなのに。



それを言ってしまったら
この二週間が虚像であったと認めざるを得ない事に

無意識に恐怖を覚える。




…思ったよりキツいもんだな




忌ま忌ましげに小さく舌打ちしたスタークの視線の先には

こじんまりとした机が
整然とした状態でそこにあった。




--------




『…あんまり信用すんじゃねえぞ』


『なんでさ?』


『…あのなぁ…あの藍染だぞ?

 なに考えてんのか
 判ったもんじゃねえだろうが』


『えー……』


『…リリネット』


『……わかった』




ある日の一室。


今ここには
クッションに埋まるスタークと

その前で仁王立ちするリリネットの
二人しかいない。


スタークの言葉に不平を漏らしたリリネットを
諌める為に睨みつければ

ふて腐れて頬を膨らましたが
渋々承諾を寄越した。




『リリネット様ー

 クッキー焼いたんですけど
 お召しあがりになりますかー?』




タイミングが良いのか悪いのか

奥から件の人物の声が聞こえる。




『えっ!!食べる食べる〜!!』




クッキー、という単語に反応したリリネットは

スタークの渋い顔も構わず
クルッと奥を向くと駆け出した。


彼女が奥に消えて間もなく
予想と寸分違わない笑い声がする。




『…全然わかってねえじゃねえか』




溜息をつく男に
気付いているのかいないのか

リリネットが
まるで怒鳴る様にスタークを呼んだ。




『そんなに喚かなくても聞こえてるよ…



 …ったく』




仕方なしに立ち上がった男は
二人のいる方へゆっくり歩みを進める。




『あっ!!おほいほ!!

 もぉふはーふのふん
 あいかあえ!!』




スタークが顔を覗かせると

よほど美味しかったのか
口一杯に頬張ったリリネットが
空になった皿を見せびらかす。




『…いらねえよ』




先程までの会話を全く理解していないリリネットに
スタークが溜息をつくと

喉を詰まらせたらしいリリネットに水を渡していた少女が
ちらりとこちらを見た。




『あの…スターク様』


『…なんだよ?』




呼び掛ける少女に視線をやる。




『宜しければこちらをどうぞ』




見れば

スッと差し出された皿の上には
先程無くなった筈のクッキーが乗っていた。




『………』


『あ、お好きではございませんか?
 一応甘さは控えてみたのですが

 …ってリリネット様っ』




皿を見たまま動かない男に
少女が皿を引っ込めようとした時

リリネットの手が伸びてきて皿の上のクッキーの山を掴むと
ほいっと自分の口に放り込んだ。




『ん!!ホンホは!!

 あんまひあまふあいえ』




これも美味しいケド




とボリボリとクッキーを噛み砕く音を響かせると
少女が苦笑する。




『ありがとうございます』




『………』




微かに スタークは眉根を下げた。




何だか、妙な気分だ。


つい三日前まで
この宮には俺達二人きりで

こんな笑い声が響く事などほとんど無かった。


あまり気を許すのは
危険だと解ってはいるはずなのだが


…恐らく何を言った所で手遅れだろう

リリネットも……俺も。




この胸にじんわりと広がる温かさに
気付いてしまったのだから。




『最後のいっこも〜らいっ




 …って、ああ!!』




手を伸ばしたリリネットより先に
ひょいとスタークがクッキーを口に入れた。

もごもごと口を動かすスタークに
リリネットが飛びかかる。




『ナニすんのさスターク!!

 食べないんじゃなかったの!?』


『元々俺の分だろ

 それに食わねえなんて
 一言も言ってねえ』




ごくんと飲み込むと
纏わり付くリリネットを引っぺがし

イアンを見つめる。




『ごっそさん

 …うまかったぜ』




一瞬驚いたように目を丸くした少女は

嬉しそうに目を細めた。






…これでいいんだ

今は、これで。




自嘲するかの様な笑みは
二人の笑い声で掻き消されたが

既にそれは彼を暖かく包み込むだけだった。




--------




分かっていた。

分かってはいたのだ。


なのに何故

こうも胸に開いている孔が疼くのだろう。



あの暖かさは偽物で

今となっては
もうそれが戻る理由も無い。




…そうだったんだろう?




フッ と
寂しげに笑ったスタークは

何も言わずに部屋の奥へと入っていく。




「…なにさ意気地無し」




男がボスッとクッションの山に沈み込むと

いつかのようにふて腐れたリリネットだけが
その場で立ち尽くしていた。










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