プリメーラ -PREMERA- | ナノ


A countdown to the parting -2- [origin] 1








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底知れぬ 恐怖は

時に 麻薬よりも強い









イアンが藍染と初めて会ったのは

彼女が割れた仮面の半分を

いつの間にか手に持ちながら
虚圏をさ迷っていた時だった。




…広大な白砂が一面に延びる。


今目の前には
見慣れない景色が広がっていた。




どこまでも寂しい


色の無い世界




彼女はぼんやりとその世界を眺める。




…正確に言えば
知っている筈なのだが




私は何なのか




それさえも記憶に無い彼女にとって
目の前の景色は知らないも同然だった。



ふと

自分を見下ろす月を真正面に捉えた彼女は

ぴたりと立ち止まる。



と、その瞬間



彼等は

音も無く現れた。








「こらまた変わった虚やなあ」




突如静寂を切り裂く声に
彼女は月を見上げていたものと同じ瞳を
彼等に向けた。

一番前に居た
黒い着物姿の男と視線が交わる。




「君の名前は?」




男は柔らかく笑むと彼女に話し掛けた。

しかし




「…人に名前を聞くときは
 まず自分が名乗るべきよ」




彼女は無機質に返答し
ふいっと視線を月に戻す。

男の瞳が楽しげに揺らめいた。




「それもそうだね
 すまない

 私は藍染惣右介


 死神だ」


「…死神……」




非礼を詫び藍染は名前を告げ
自分が死神であることを教えた。

だが当の彼女は藍染には目もくれず
ただ月を見たままぼんやりと繰り返す。



藍染はそんな彼女の態度を
さして気に止める事も無く

月を眺める彼女の横顔を見つめながら
先程と同じ問いを投げ掛けた。




「…知らないわ」




少し間を空け

ぽつりと呟くと地面に視線を落とす。


ゴーグルの男が眉間に皺を寄せたが
藍染がそれを制す。


それを見た彼女は
焦点の定まらない瞳を藍染に向けた。




「…分からないの

 自分が何なのか




 此処に居る 理由すらも」




分からない と



続ける前に藍染から視線を外し
微かに顔を歪めた。




何処か寂しげな瞳で
遥か遠くまで広がる砂漠を見つめる彼女に

瞳をすがめた藍染は




「…そうか」




と呟くと


おもむろに手を差し出す。




「では

 私達と来るかい?」




ピクリと彼女の肩が揺れる。




「…貴方達と?」




何故?




とでも言いたげな瞳で
自分を見つめてくる彼女に

藍染は変わらぬ笑みを向ける。




「どうやら私には君が必要だ



 君が此処に存在するべき理由を

 私があげよう」




悠然と手を差し延べる男は

彼女を急かす様子は無く
また強制的に従わせようともせず

ただその微笑みを彼女に向ける。




「…私が…必要……?」




言われた言葉をゆっくりと反芻する。

彼女の胸に
何かじんわりと温かいものが広がった。




「そう 必要だ

 共に来るかい?」


「…………」




突然の 申し出




これは

何かの罠なのだろうか?




…だがしかし


既に何も持たない彼女にとって
甘美な響きが胸をくすぐる。




必要


と言ったのだ。




こんな右も左も分からず


産まれたばかりの赤子にも劣るような
何の役にも立たない拙い存在の私を



出逢って数分のこの男は
必要だと 言ったのだ。








…気付けば


彼女はその足を男達へと向けていた。




「…良い子だ」




…その手を取った瞬間に




藍染の目に

一筋の光が射した。







堕ち始める



その抗いがたい恐怖と

そぐわない優しさに













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