プリメーラ -PREMERA- | ナノ


Is this nightmare...? 1








刃が

振り下ろされていく


祈るような叫び声も

届かない




イアンは
目の前の虚と視線を交えると

哀しそうに笑い

目を閉じた。




「…やからアカンて」




…するりと入り込むような
静かな呟きが聞こえた。




「射殺せ




 神槍」




ザシュッ




「グ…ァア゙…アア゙ア゙アアッ!!!」




一際大きな虚の雄叫びが響き

イアンが瞳を開けると同時に

下半身を斬り取られた虚が
足元にどさりと転がる。




「…!!?」




目を見開くイアンに
のんびりとした調子で市丸が声を掛けた。




「助かって良かったなァ

 死んだ、なんて言うたら
 ボクが藍染さんに殺されてたわ」




凍りついた空気を壊すような
声がした方に顔を向ければ

不気味な程平然と笑う男が立っていた。


その手に神槍は既に無く

驚きに染まっていたイアンの顔には
微かな憎悪が宿る。




「おっと

 怒らせてもうたかな?」




楽しそうに肩を竦める男に

怒りを暴発させぬよう
自分を制する少女は何も言わず

ただ刀の鍔に添えられた手に力が篭る。




今少女の頭の中は


いかにして目の前の男を殺すか


という考えに支配されつつあった。




その時




「イアン…さ…ま……」




イアンの背後から
弱々しい声が届く。

今正に刀を抜こうとしていた少女は


ピタリとその動きを止めた。




「申…し訳…あり…ません…」




息も絶え絶えに
発せられた言葉を聞いた瞬間


動きを止めていたイアンは
刀に添えた手を震わせると顔を歪め

唇を噛み締めながら
ドサリと力無く座り込む。




「…どう…して……」




下を向き肩を揺らし呟いたイアンは

背後に感じる従属官の気配に
振り向く事は出来なかった。




どうしてこんな事を

どうしてそんな姿に

どうして謝るの

どうして


どうして




…どうして


いなくなったの













「…新…しい…



 …強…さが…得…られると…」


「…え……?」




静まり返っていた空間で

苦しげな呼吸音と共に
従属官がうわ言の様に呟く。


イアンが振り向けば

半分程割れた仮面から覗く瞳は
以前の優しさを取り戻していた。




「…新しい…強さ……?」




反芻しながら
頭の中でかみ砕いていく。

ボンヤリと従属官を見つめるイアンの手に
従属官が自身の手を重ねた。




「…強さ…を…得れ…ば…
 貴…女を……




 …以前の…様…に…


 貴女と…共…に…っ…ぐっ…」


「…!!」




細々と紡ぐ従属官は
途中で大きく咳込み

朱い血が
イアンの服を侵食する。




従属官が明かした理由にうろたえ

咄嗟に繋がれた手を強く握り返したイアンは
なんとか平静を保ちながら問い返す。




「……っ!!



 …だ、れが、そんな事を?」




薄々答えは解っていたものの

そう思いたくなかった。


従属官は
そんな気持ちを察しているかの様に

胸が詰まりそうな程綺麗に微笑む。




「我…等が…王…が…」


「…っ」




掠れた声が耳に届いた時

従属官の体がサラサラと砂になり始めた。

イアンは焦り目を見開くが
もはやどうすることも出来ない。




「イアン…様…


 その…疵…は…私が……?」




イアンの頬に伝う血を見つけると

ヒューヒューと
既に聞き取ることも困難な声で問い掛ける。


その問い掛けに一瞬躊躇った少女は
ただ首を横に振ったが


従属官は消えてゆく中
不意に顔を歪め

温もりが殆ど失せ
満足に動かない手に力を篭め

イアンの手を握り返した。




「…申…し訳…っ…あ…りません……

 ただ…貴女を…


 …お護りしたかっ………」




…ザアッ




「……っ!!」




声にならぬ声で必死に搾り出した
その想いは

最後まで伝えきれずに
風に散った。




…裏切りでも

ましてや離反でも無い



ただ純粋に

イアンを想う気持ちだけを残して。




その悲しげな瞳だけを


イアンの心に残して。










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