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空を見つめていた。
雲ひとつない、蒼く澄み渡った空を。
「芭蕉さん。何ぼーっとしてるんです」
声をかけられ振り向くと、そこには若く、端整な顔立ちをした男が立っていた。芭蕉は慌てて立ち上がると、男に笑顔を向けた。
「今日はいい天気だなぁと思って。曽良君もそう思わない?」
曽良と呼ばれた男は、顔を僅かに上に上げると眩しそうに目を細めた。
「…そうですね」
一句作ってみてください、と試すような視線を向ける曽良に、芭蕉は笑顔をひくりと引きつらせた。
数秒「んぅー…」と唸っていた芭蕉だったが、突然ピカーン!と頭上に豆電球が光ったかと思うと、芭蕉は得意気に笑った。
「ふっふっふーん。曽良君、これで君も私を師匠だと認めざるを得なくなるぞ!」
「ほう。では早くその貴方を師匠だと認めざるを得なくなる俳句を聞かせてください」
芭蕉はこほんっと咳払いをすると、自信満々に口を開いた。
【青い空 こんな日はおやつが 食べたくなるよね】
グシャ
「やめてー!握りつぶさんといてー!ああっ!無慈悲に川に流された!!くそー!鬼弟子ー!折角のいい句がーー!」
「芭蕉さん。またスランプになってますよ」
泣き叫ぶ芭蕉を完全無視し、そう告げる曽良。
「えっ、うそっ?結構自信あったんだけど」
「そこのぬいぐるみの方がまだマシな句を詠めるんじゃないですか?」
「私マーフィー君に負けたの!?松尾ばしょんぼり」
「ったくこの糞ジジイが…。さっさと行きますよ」
曽良は芭蕉に背を向けるとさっさと歩き出してしまった。慌てて追ってくる芭蕉を横目で見て曽良は思う。
やはりこの人との旅は飽きない、と。
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