カンカンという音と共に古びた階段を駆け上がる。
対象が逃げ込んだのは廃ビル。なんとも厄介な場所に逃げ込まれた。


「パラライザーが効かないって、対象は薬物使用の常習者なんでしょうか?」
「たとしたら、対象的にも場所的にも、執行に不利だな」
「そうですね……、宜野座さん」
「次の階か」


不意に足音が一つ、減った。
宜野座監視官からの合図に従い、慎重に対象に迫る。


「動くな!」


宜野座さんの声に対象が振り返った。
ドミネーターを対象に向けるとパラライザーの執行対象であると告げられる。
私たちは照準を合わせて迷うことなく引き金を引いた。
ガシャンという音が辺りに響く。


「さすがに2発のパラライザーで撃たれればひとたまりもないか」
「そのようですね」


対象を確認すると気絶していた。
執行はうまくいったようだ。

そう思ったのが間違いだった。
まさかその場に他の潜在犯がいるとは思わなかったのだ。


「うわあああああ!」
「っ、宜野座さん!」


完全に隙をつかれた。
ナイフを持った男は一目散に宜野座さん目掛けて走ってくる。
だが、宜野座さんは対象の拘束中でドミネーターを持っていない。
突然のことに、私も宜野座さんを庇うのが精一杯だった。


「っ!!」
「苗字…!」


相手のナイフをドミネーターで受けながら、なんとか宜野座さんから離れた。
足元ではガラスや瓶の割れる音が響く。


「しま…っ!」


ヤバいと思ったが時すでに遅し。
廃材に足をとられ、身体が大きく傾いた。その拍子に男の振り下ろしたナイフが頬を切り裂いた。
しかし逆に好都合だ。
パラライザーの照準を男に合わせれば、執行対象が更新され、エリミネーターに変わった。


「…さよなら」


同情は要らない。
銃口を相手の額に向けて撃つ。
あまりにも近くで撃ったせいで返り血やらなんやらで、私はきっと見るに見かねる姿になっているだろう。


「苗字!」
「宜野座さん…」


宜野座さんにしては慌てた様子で私に近寄ってきた。
そして私の姿を見るなり―――


「何をしてるんだ!!!」
「っひ!」
「馬鹿か!!」
「ご、ごめんなさい…!」


私は何故か怒鳴られた。

その時の宜野座さんの表情は独断で対象を執行したコウを怒るときとも、秀が書類を適当に書いたときとも違った。
私を見つめる宜野座さんの表情は悲しげで、言葉では言い表せない色をしている。


「ぎ、宜野座さん」
「怪我はここだけか?」
「い、痛い!痛いです!」
「少しくらい我慢しろ!
傷痕が残ったらどうするつもりだ…」
「す、すみません」


どこから取り出したのか、消毒薬を頬にかけられた。すごく滲みて痛い…。
それにしても宜野座さん、私の傷心配してくれるなんて。


(あれ…?)


これは、何だろう?
宜野座さんに心配されると、心がざわざわする。


「苗字」
「はい…?」
「頼む、頼むから…」


宜野座さんの綺麗な手が、指先が、私の傷に遠慮がちに触れた。
まるで壊れ物に触れるかのようなその感覚に、胸が痛くなる。


「無茶はしないでくれ」
「…………は、い」


私はこんな感情、知らない。



未確認感情物体
(だけどそれは嫌な感情ではなかった)