*施設時代捏造有り

「ねぇ、シュウ。…そとにでようか」

何年前の話だろう。

白で囲われた空間。もう何も感じなくなった無機質なその色にある日、別の色が射した。
俺より二つ下のそいつは、髪の毛が真っ黒で、この部屋にいるとやけに映える。
他の子供は玩具や遊具で遊んでいるのに、そいつは一目散に俺の元へやってきて、軽く自己紹介をしたあと突然いい放った。

「なにいってんのお前」

「おまえじゃないよ、名前」

むっ、としたように頬を膨らませるとそいつは同じ質問を繰り返した。

外に出る?出来るわけがないだろう。
社会から弾かれてこんな場所で囲われて一生過ごす俺らには、行ける場所なんかどこにもなくて。
だからこいつの質問にはとても腹が立って。

「あんた自分の状況わかってんの?」

「あんたじゃない。…"せんざいはん"なんでしょ?…えーっと、じんかくはたんしゃ、とかそんなこと言われてるけど」

イライラとしながら言葉を返すとまたむっとしたような表情になる。

しかし、けろりとじんかくはたんしゃ、ってゆーのは言い過ぎだよねぇ?と言いながらにこりと笑う無邪気なその様子に、腹を立てていたはずの自分が動揺しているのに気付いた。

自分の境遇もこの後ここから出られる事はほぼゼロな事も分かっているのに、こいつはこんな馬鹿げたことを言っているんだ。とんだバカだ。それも、救いようのない。

「ね、シュウ、そとでようよ。そらをとんでみよう」

「……いいよ」

なんでそんな言葉が出たのか分からない。そらをとぶ、そんな表現に惹かれたのかもしれない。
とにかく今は、このどこか掴み所のない、ふわふわとした感情に流されてみようと思った。
伸ばされた手をとって、そとにとびだした。


「わ、恥ずかしいよ、そんな昔の話しないで」

「えー、いいじゃん、俺達のファーストコンタクトなんだからー」

いやー、と顔を手で覆ってしまった彼女の腕を引っ張ってどける。手の隙間から覗いた目は恨めしそうにこちらを睨んでいて。それも愛しく思えてしまうのは、大分頭が可笑しくなってしまったんだろう。
人目も憚らずその目尻に唇を寄せる。
くすぐったそうに身をよじると彼女は恥ずかしいよ、と言葉を洩らした。

「それで、お二人は外に出られたんですか?」

「まっさかー、直ぐに見つかってめっちゃ怒られたよ。殺されなかったのが奇跡だね」

なんで俺逃げようと思ったんだろう、と笑うシュウを睨みながら拗ねた声を出す。

「だって出られるとおもったから」

くすくす、と常森監視官が笑い出すのを横目で見ながらその日の事を思い出す。

あの時の自分はどこかふわふわと雲のような、鳥のようで、どこまでも飛んで行けそうだったのだ。

だから、あそこで白以外の色を見たがっているシュウを外に出してあげようとおもった。一緒に空を飛んで、無重力を二人で味わいながら。

「でも、一緒に飛んで行ってみたかったでしょ?」

後ろから腕を回してくるシュウに顔を上げてそう問いかけると、シュウは目元を緩めて微笑むと、一言

「そうだな」

と笑った。


無重力も悪くない

(じゃあ今度)
(二人でそらを飛んでみようか)