※少々暗グロ表現あります※ 気にならないと言えば嘘になる。だが、彼女は執行官。俺はその猟犬の飼い主で、それ以上でも以下でもない。 「本日付で一係に配属されました苗字名前です」 苗字名前―彼女が執行官として一係にやってきたのは丁度、狡噛が執行官になって間もなくの頃だ。 当時、彼女はまだ10代で、他の執行官より監視の目がきつかった。そんな中、彼女は何一つ文句を言うこともなく、ただ淡々と執行官としての責務を果たしていた。 《宜野座さん、対象を確保しました》 「…すぐ向かう、その場で待機だ」 《はい》 それから3年経った今も、それは変わらない。指示を無視することも、独断で動くこともない。 まるで機械仕掛けの人形のように、感情のない瞳で世界を見ている。 「戻るぞ」 「…宜野座さん、少し、付き合ってほしいところが」 執行官は監視官同伴でなければ外を出歩けない。つまり、俺の同伴がなければ苗字は外に出れない。 縢はよく新作のゲームが、フィギアが、お菓子が、など下らない理由で外出を要求してくる(もちろん拒否する)。 だが、この3年で苗字が要求してきたのは初めてだった。 それは苗字が配属されてきた日と同じ、季節外れの雨が降りしきる春先の夜のこと。 「ここは…」 苗字に頼まれて一緒にやって来たのは墓地だった。時間的にも天気的にも他に人はいない。 名前も彫られず、花も飾られず、ただ静かに立っている墓石の前で苗字は立ち止まった。 雨に濡れるのも気にせず傘を手放して、彼女は愛おしそうに墓石に触れる。 「父と母の、墓です」 「ご両親の…」 「はい」 そういえば、苗字から家族の話を聞いたことがなかった。それ以前に、苗字自身のことさえ、俺は何も知らない。 「…別に、隠してたわけじゃないですよ」 「何を」 「両親のことも、私自身のこともです いま、宜野座さん…知らなかった、って顔してましたから」 「なっ!そんなことは…」 「両親が殺された日…私、人を殺したんです。もう、10年も前になります」 雨に濡れながら、彼女は俺に話した。10年前の事件を、いつもの淡々とした声で。 10年前、ドローンの部品工場でその事件は起きた。被害者はそこに勤めていた若い男とその妻と娘。 工場の休みの日、父の仕事場を見学したいと言った娘と妻を連れて男は工場にやって来た。 工場長に許可は取っていたし、すべての機械の作動は停止。事件や事故など起こるはずのない状況の工場。 しかし、その事件は起きてしまった。皮肉にも幼い少女の目の前で、両親が、知人によって殺されたのだ。 ドローンの部品工場に設置されていた完成後のドローンが使用されたらしい。 公安が現場に到着したとき、その工場の一室は血の海になっていた。その中、幼い少女が全身を真っ赤に染め、茫然と立ちすくんでいた。 「両親は逃げろって叫んでたのに、体が動かなかったんです。でも不思議なもので、両親の声が聞こえなくなった瞬間、体が勝手に動いたんですよ ナイフ握って、大声で喚く男に襲いかかって…」 「苗字…」 「気付いたらもうその人は喚いてなかったし、ピクリとも動かなかったんですけど止まらなくて」 「もう、いい…」 「だから、あんな血まみれの現場作ったのも犯人じゃなくて、わた…」 「苗字っ!!」 「…宜野座さん」 気付けば、俺は苗字の話を遮っていた。傘を放り投げ、苗字の華奢な肩を掴んで― 「泣いてるんですか?」 雨か涙か分からない、冷たい雫が俺の頬を伝う。もしかしたら、俺は泣いているのかもしれない。 淡々と語っている彼女から悲しみが伝わってくる気がしたのだ。 「私なんかのために、泣いてくれているんですか…?」 「…」 「ありがとうございます、宜野座さん ありがとう…!」 上司になって3年目、初めて苗字の笑った顔を見た。それは年相応の笑顔で。 そんな、ほんとうに嬉しそうな笑顔を浮かべ、彼女は俺の胸に飛び込んでくる。 お互い雨に濡れて冷えているはずなのに、抱き締めた彼女はとても温かかった。 気にならないなんて嘘だ。監視官と執行官、上司と部下なんていうのもただの建前。 きっと、初めて会ったあの日から、俺はこの少女に惚れていた。 気付いた頃には既に手遅れだったりして (気付いてしまえば終わりだ) (手放すことは、出来そうにない) |