昔。はじめが大切にしていたオモチャを壊してしまって、謝っても許してくれなかった。

幼い私は、同じものを買ってあげることなんてできなかったから、私が一番大事にしていたうさぎちゃんのぬいぐるみを、はじめが寝ている間におばさんに枕元に置いてもらった。

“ごめんね”って、手紙を添えて。

そしたら次の日、いつもみたいにはじめが笑ってくれた。



episode7 "自問自答"



今は、幼いころと違うし、そんな風に謝って許してもらえるような状況でもないと思う。

どうして怒らせたのか・・・。そんなの分かってる。私が素直じゃないから。

はじめがせっかく言ってくれた言葉が嬉しかったのに、受け止める事が恥ずかしくて、ひねくれた答えを返したから。



『俺と何かあったら、なまえはどうする?』



『っ、あ、あははっ、なに、それ。沖田くんに言わされてるんでしょう?』



本当は、嬉しくて、はじめの腕の中に飛び込んでやりたいと思ったのに。

私が、そう言った瞬間のはじめの表情が焼き付いて離れない。



あんなに切なそうな顔、初めて見た―――



そう、させたのは私。




揺らぐ事は無いって思ってた。

毎日一緒に居て、はじめの事なら全部分かってると思っていたし、はじめも、私の事なら分かってくれてるって思ってた。

それが、いけないんだよね。

言わなきゃ、分かんないよね。

好きってことも、恥ずかしいってことも。

私、何やってるんだろう―――。



怒らせた?違う、傷つけたのかも。

どうすれば、もとに戻れる?前みたいに笑いあえる?

こんなに長い時間寄り添ってきたのに、今更崩れることなんてあり得ないって思ってた私が馬鹿だった?




―――大好きなのに。



突き放されて、痛くなった胸をギュッと押さえて私は2階の自分の部屋へと向かった。




「なまえちゃん?」

私たちの会話を聞いていたらしい沖田くんが2階で待っていた。

「・・・えへへ、怒らせちゃった」

「・・・・・・きっと、明日になったら・・・」

「そうだと、良いんだけど」



パタン、と扉を閉めて、私はその場にしゃがみこんだ。

ぱたぱたと、床を濡らした自分の涙に、笑ってしまった。



「馬鹿みたい・・・」



どれくらい、そうしていたか分からない。

気付いたら、床に寝転がって天井を見つめていた。


「・・・・・・」



今すぐ、ごめんねって・・・・・・

言えば、良いじゃん。


突き放されたのが、何?

はじめの方が、もっと痛い思いをしてるかもしれない。

それが私の自惚れだったとしても。

はじめも私の事を好きだと、想っていてくれるって、信じたいから。



起き上がって、そろりとはじめが休んでいるリビングへと向かった。



―――疲れてるくせにこんなところで寝るなんて。




顔を覗きこんでみれば、初めて見る、彼の寝顔にドキリとした。



―――綺麗。



カーテンの隙間から差し込む月の光に照らされた肌と、髪。

見とれてしまうほど、綺麗で。


「はじめ?・・・・・・寝てる?」


本当に寝ているのか、フリなのか、私には分からない。

でも、返事が返ってこないのは、寝ているか怒っているかどちらかだ。


目を閉じているはじめの顔を覗き込むように、私はソファにもたれかかった。




「さっきはごめんね?恥ずかしかったの。

・・・・・・私だって本当は、はじめと“何かある”と良いなって思ってるよ?ごめん、ね・・・」



そう、言葉にすれば、ふわりと心が軽くなった気がして。

私はそのままはじめのそばで、すやすやと眠ってしまっていた。




―――目が覚めたら、いつもみたいに、おはようって、笑ってくれる?







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