二人が出ていったのを見送って、一気に力が抜けた私は、唯一背中を支えてくれていた壁に寄りかかったまま、ずるずると床にしゃがみこんだ。 むき出しの嫉妬を、どう解釈したら良いの? 「お前は俺のものだ」? 「親友が友達に取られそうで不安」? 私の事を「大切」だと言ってくれた、その「大切」は「家族」の括り? ねえ、はじめ。ちゃんと言ってくれなきゃ、私、自信ないよ。 私を壊すって、どういう意味―――? 「わけ、わかんない」 episode5 "ウグイス" 「ちょっ・・・・・・はあああああ!?」 さっきから、訳のわからない展開が続いている私の頭の中は、そろそろ爆発寸前。 答えが出ない問題を考えていても仕方がないから、とりあえず荷物を置きに行きがてらどんな部屋かを確認しようとしたのだ。 ねえ、それの何がいけないの?私、何か悪い事した? 玄関から続いている2階への階段を上り切り、そこにあったのは、少しのくつろぎスペースと、扉が4つ。 一つはトイレ。 一つはベランダ。 あとの二つが部屋。 隣あった扉に無造作に貼られていた端切れの紙には、こう書きなぐられていた。 右の扉には「沖田・さのさん・へーすけ」。左の扉には「はじめくん・嫁」。 ・・・・・・・・・。 「さっき私がお風呂に入っている隙でしょう!?そうなんでしょう!?何考えてんの!?頭どうかしちゃった!?ていうか、嫁って誰、私!?」 そう、確実にこれは沖田くんの字だ。 誰も返事をしてくれる訳など無いのに、そこに沖田くんが居るわけでもないのに、とにかく叫ばずにはいられなかった。 部屋割なんていつ誰がどうやって決めたの?女子の私に何の相談も無いのはどういう事? こんなただの紙切れにどれほどの権力があるというのか・・・・・・いや、無い! そうだ、有るわけない。 ・・・・・・左を私の部屋にしよう。 持っていたペンで、「はじめくん」と書かれたその上に二重線を引こうとしたが、一瞬手が止まった。 ―――これって、このままにしておいたら、はじめはどうするんだろう? 私って、やっぱりずるいのかな。 自分がこんなに好きなくせに、いざという時に自信が無くなってしまうから、結局全てはじめに委ねてしまう。 何も見なかった事にして、荷物を置きに部屋へ入ると、思いの外広い部屋にはシングルベッドが3台。 一つ飛ばしで寝たとして、間にベッドが一つあるなら、まあ・・・まあ大丈夫だろう。 そもそも、この沖田くんの策によって、はじめと私が一緒の部屋になったとしてもだ。 絶対にはじめは私に手を出さない。一緒に住んでいても何もしないんだもん。同じ部屋のベッドで寝たくらいで・・・。ねえ? 正直私は、はじめと「何かある」と良いなって思ってるんだよ? 時刻は18時少し前。 ガヤガヤと外から聞こえる声に、ああやっと帰って来たんだと扉を開けた。 「おかえりー」 「ああ、今帰った」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 「・・・・・・」 さっきまでみんな喋っていたハズなのに、扉を開けたとたんぽかんと口を開けて、3人で顔を見合わせていた。 一体何かあったのだろうかと、慌てて聞いてみる。 「え、みんなどうかした!?」 「し・・・・・・新婚、みてぇだな」 ボソっと呟いた藤堂くんの言葉に、二人がコクリと頷いた。 ―――えっ、さっきの「おかえり」? し、しまった!!いつもの癖でっ!! 「お前らは、下らんことを言ってないでさっさとしろ。腹が減っていると言っていただろう」 どうしようと困っている私の目の前で、はじめがフォローを入れてくれた。 「そうだー!バーベキュー!肉が食える〜!!」 「おい、それ俺のおごりだって忘れるなよ平助」 ドタドタと中へ入って行った二人はさておき。なぜか沖田くんは私たちをじっと見つめたままその場から動かない。 「―――ねえ、実は二人って、結婚してたりす・・・」 『するか!』 「あははっ、やっぱり息ぴったりだね。あーお腹空いた」 あまりに雑な沖田くんの質問に、はじめと同時に突っ込みを入れてしまった。 私たちのリアクションを楽しんでいるだけの彼は、言うだけ言って、中へと入って行った。 「・・・・・・はあ」 やってしまったと大きなため息をついた私の頭を、ポンと撫でたのははじめの手。 「気を・・・つけろ」 ため息をついてうなだれていた私は、その時の彼の表情がどうだったのか確認など出来なかった。 顔を上げた時にはもう背中しか見えなくて。 けれど、怒っていたらいやだなと思ったから、聞こえていないだろうけど「・・・ごめん」それだけ呟いた。 男性陣にセッティングして貰ったバーベキューのグリルに、野菜と肉を並べていく。 奮発してくれた原田さんのお陰で、かなり美味しいお肉をいただけた。 ありがたがりながら食べていたら、「俺のところに来ればいつでも食わせてやるよ」と冗談混じりに言われた言葉を、私ではなくはじめが本気にした。 (ちょっとだけ面倒くさいなと思ったのは言うまでもない。) 片づけを終えて、やっと自分の部屋へと荷物を置きに行った男子達。 「あはははははは!!!!最高!!!!何これっ!」 2階からものすごい大きな声で聞こえてきたのは、藤堂くんの笑い声。 ああ、さっきの紙を見たんでしょうね。 私にしてみれば最高とも最低とも取れるそれ。 とにかく白を切ろうと、ひたすら食器を片づけていた私の耳に入ってきたのは初めて聞くはじめの怒鳴り声。 「総司っ!!!」 「あっはははは!一君、そんな真っ赤な顔して怒ったって、怖くもなんともないよ?」 おそらく、ひどい状況だということくらいは察する。 「あんたは何を考えているっ!」 「一緒に住んでるんだから、同じ部屋でも問題ないでしょ?だって、1部屋にベッドが3つしかないんだよ? それとも、僕らの誰かをなまえちゃんと同じ部屋にしても良いの?」 「・・・・・・っ」 急に聞こえなくなったはじめの声。 一緒に住んでいるけれど、同じ部屋でなんて寝た事ない。 そういえば、起こしに行くことだって無い。だから私はほとんどはじめの部屋に入らない。 子供の時以来、寝顔だって見てないかも。 風邪をひく事もないから(私の寝顔は見られているかもしれないけど)そんな機会、無いに等しい。 「・・・・・・本人と、話をしてから決める」 はい? 似合わない足音をさせながら、はじめがダイニングに顔を出した。 「なまえ、ちょっと良いだろうか?」 「う、うん」 食器を拭いていた手を止めて、はじめに連れられて外に出た。 「今日、2階へ行ったか?」 「・・・・・・行ったよ?」 「総司の奴が勝手に部屋割を決めていたようだが・・・・・・・」 「そう、みたいだね?」 「・・・・・・どう、思う」 「どうって・・・ねえ?」 「・・・・・・何も、無い様に、なまえを守ると約束をした」 「うん」 「だが・・・・・・、」 「うん?」 ―――俺と何かあったら、なまえはどうする? prev next |