有名な事務所(名前忘れた)にスカウトされたと、はじめが興奮気味に言ってきたのがつい最近。

合宿先をどこにしようかと悩んでいたらしいが、そのスカウトしてくれた人が紹介してくれた所(ちょっと山奥だけど)に決まった。

出そうとしていた自主製作のCDも、スカウトしてくれた人から、正式にリリースすると言われたらしく、先延ばし。

そして近々のスケジュールで自主企画もやるらしい。なんだか急に流れが変わった気がする。

とりあえず、今回の合宿は、バンド全体のスキルアップが第一の目的となった。



episode4 "訳も知らないで"



唯一免許を持っていたドラムの原田さんがレンタカーで迎えに来てくれた。

既に、後部座席には藤堂くんと沖田くんが乗っている。

座り心地云々よりも、機材が入る事を選んだレンタカーは、まあ、機材車と呼ぶのが正しいんだろう。

はじめに言われていたから、普段レポートを書くときに使っている低反発のクッションも一緒に持ってきた。

「やほー!おじゃましまーす」

後部座席の扉をスライドさせた私に、「なまえちゃんは助手席ね!」と、何故だか強引に沖田くんに座らされた。

機材を積んでいるはじめが「俺の隣で良いだろう」と抗議しているのが聞こえたけれど、まれに聞くその嫉妬みたいなのが嬉しくて放っておいた。

「すみませんね、なんだか私まで」

シートベルトを装着しながら、隣に居た運転手の原田さんに声を掛けた。

「いやあやっぱ女の子が居ると、いいな」

ハンドルにもたれながら満面の笑みで言った彼に、正直すごくドキドキしてしまった。

それはただ単に、整っている顔立ちと、甘えるようなその笑顔に、だ。

決して彼に心が揺らいだわけでは無い。・・・・・・無いのだけれど、後ろからなぜか刺さる視線が痛い。

・・・・・・話してるだけだってば。

でも、こんな機会滅多に無いから、思う存分、嫉妬させたい。


放っておいたら、私だって他の男の人好きになっちゃうんだからね。




車で1時間半くらいだろうか。途中休憩を1回取ったけれど、クッションを敷いてもやっぱり座り心地の悪かったシートのせいで、体中ガチガチだ。

途中寄らせてもらったスーパーで食材はゲットしたから、冷凍すればまあ何とか1週間はやりくりできる・・・と思う。

―――最悪また原田さんに車を出してもらえばいいか。

初日の今日は絶対バーベキューだと言ってみんな(沖田くんと藤堂くん)が聞かないから、(なぜか原田さんのおごりで)高そうなお肉を調達した。

「じゃあ、夕飯準備たのむなー!」

「はーい!いってらっしゃい!」

時刻は14時を過ぎたところ。

コテージの横にあるスタジオに、機材を抱えて4人は向かった。

さてと、私は掃除とか料理とか。1週間もあるからとりあえず献立を考えないと。がんばりますか。

あー・・・・・・でも、その前に。

みんなが居ないこの隙に・・・お風呂で固まった身体をほぐしたいかもっ。

それから、先に入っておいた方がみんなも気を遣わなくて済むかなって、思った。

だから、まさか。

戻ってくるなんて、思わないじゃない?





「ん〜〜〜最高!」

コテージには、何とも豪華な檜のお風呂。

のんびりとつかりながら、天井に取り付けられた窓からまだ明るい空を眺めていた。

本当に私、一緒に来て良かったんだろうか。

彼らは、みっちり練習したいからと、18時まで戻らないと言っていた。

檜の良い香りを全身に吸い込みながら、また大きなため息を一つ。

「そう言えば、部屋・・・いくつあるのかも確認してないや」

もし二部屋しか無かったら、私だけ一人部屋だと贅沢だよね・・・。まあお呼ばれした訳だし、それくらい許してくれるか。

必然的にそういう部屋割になるだろう。




今日してくれた嫉妬は、実はすごくうれしかった。

本当に私の事、気にかけてくれてるんだなって。

何かあったら守ってね、と言ったけれど、その何かはきっと無いと自分では思う。

それでもちゃんと私を見ていてくれるのは、何かあるって思ってるから?

本気で私が他のメンバーとどうにかなると思っているのか。取られたくないのか。独占したいのか・・・・・・。

「はあ〜〜、もうキリがないや!」

ご飯の支度しなくちゃと湯船から出て着替えたのはショートパンツとキャミソール。

誰もいないって油断してた。

完全、自分の家気分だった。

ねえ、いつからそこに居たの?





「・・・・・・っ!!びっくりしたっ!!!」

「あれ、もしかしてお風呂?」

「う、うん・・・」

涼んだら、ちゃんとTシャツに着替えなきゃって、思ってたんだよ?

「顔、結構赤くなってるけど、のぼせた?」

そうして近づいてくる沖田くんは、何だかいつもと違う表情な気がするのは気のせい・・・・・・だよね?

なんとなく私から近づく事が出来なくて、彼が詰める距離分、後ろに後ずさる。

けれど行き場が無くなってしまった壁にトンと背中がぶつかると、彼との距離が一気に近づく。

(・・・・・・僕に合わせて・・・?)

「え・・・?」

何を言っているのか一瞬理解が出来なかった。

怖いと思った彼は、何かたくらむ時に見せるしたり顔。

「どう・・・・・・」

「総司、携帯は見つかったのか?あんたが居ないと始められ・・・・・・っ!?」

「・・・あれ、ばれちゃった?」

くるりと振り返ってはじめにおどけて言って見せる彼は、私の顔の横に右手をついて、反対の手で私の顎に触れている。




・・・・・・これじゃあ、傍から見たら、キスしようとしてるみたい、でしょ?




「何を、している・・・」

「・・・・・・未遂だよ。あ、携帯はポケットに入ってた。ごめんごめん。僕、先に戻ってるね?」

ひらひらと手を振って出ていった彼の背中を、見つめる事しか出来なくて。




―――僕に合わせて、って・・・。




「なまえ!」

「は、はいっ」

「何故その様な格好でうろうろしている」

「え、あ。っと、お風呂から、あがったばっかりで」

ほんのりと色づいた頬は、お風呂で温まったせい。

「・・・・・・さっきのはどういう事だ」

「さ、さっきの、って?」

「・・・皆まで言わせるな・・・。総司と、その・・・何を」

「な、何もしてないっ!!」

そう。何もしてない。それは本当。他にどういえば信じてもらえるかなんて分からないけど。

沖田くんに追い詰められた壁際に、今度ははじめが迫ってくる。




―――だから嫌だったのだ。




「え・・・・・・」

私の顔の、ちょうど真横。壁に額をコツンとつけて。

握られた両手はピクリとも動かす事が出来なかった。



「俺がどれだけ―――」



ドキン、ドキン。


ゆっくりと、でも大きく。


至近距離で、首にかかるはじめの息がくすぐったい。



「どれだけなまえを大切に思っているか―――――」



「はじ・・・・・・」



「頼む・・・・・・この合宿中だけは、もう少し気を張って居てくれ。でないと―――」














「はじめくん、遅せぇよ!」





扉があいて、聞こえたふてくされた声に思わず距離を取った。

ドキドキドキドキと、早く打つ鼓動でおかしくなりそう。

「―――あ、あれっ、ごめん、お取り込み中!?」

私たちの様子を見て、慌てて謝った藤堂くんだったけれど、結局

「い、いや、何でもない。すぐに向かう。・・・で、では夕飯の準備は任せる」

「あ、うんっ、言われた通りやっとくわ」

別に夕飯の話なんてしてない。

ただ、二人の関係性を知られたく無くて。

たぶん、気恥ずかしいと思っているだろうはじめも同じ筈。

二人して真っ赤な顔してそっぽを向いた。

ゴホン、と大きな咳払いをわざとらしくして、藤堂くんと一緒に出ていった。







心臓が、いくつあっても足りない。

あんまりドキドキさせないで。

これ以上、好きになるのが怖い。

どれだけあなたを、愛せばいいの?








でないと――――



なまえ、あんたを壊してしまうかもしれない。







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