ガチャリと鍵を開ける音が聞こえて、急いで玄関に駆け寄る。 「おかえりー」 「ああ、今帰った」 このやりとりも、何度目だろうと思い出そうとしても、数え切れない。 実家に居た時はもちろん一緒に住んでいないから出迎えることなんてなかったし、なんだか新鮮でくすぐったい。 すっかり習慣付いてしまっていて、私が寝ている時以外はこうして出迎えるようにしている。 「・・・どうした、やけに嬉しそうにしているが」 「ん?なんでもないよ」 本当は、嬉しくてたまらない。 こうしてはじめを玄関で迎える事。 ここでキスとかできたら最高なのになって膨らむ期待が顔に出てるだけ。 episode3 "団欒" 「すまない、少し遅くなってしまったな」 視界に入ったらしいリビングの時計を見て何か食べたかと問われ、首を振って否定して見せれば 「そうか、ではプロの腕を確かめるとするか」 はじめは鞄を置きに自分の部屋へと入って行った。 いつも出しっぱなしとか脱ぎっぱなしとか一切しなくて、本当に几帳面と言うか、しっかりしている。 すこし面倒くさがりな性格の私も、はじめのそれを見てたら同じくできるようになっていた。 用意し終えた晩御飯をテーブルに並べて、ふたりで頂きますと手を合わせる。 何度も味見をしたから間違いは無いとは思っているけれど、実際彼の口に会うのかどうかと不安になる。 箸を握り締めたまま、彼の感想を待つ。 「・・・・・・うん、うまいな」 そうして微笑んでくれた彼を見て、よかった、と一気に肩の力が抜けた。 「でしょ!?がんばったんだから!」 いつも、いつも、きちんと正直に反応を返してくれるはじめだから、彼にうまいと言われれば自信が持てる。 一緒に住みだした当初は、しょっぱい、薄いの繰り返し。まるで姑に駄目だしをくらっているみたいで何度かくじけそうにはなった。 でも、だからこそ、おいしいと笑ってくれるとすごくうれしくて、頑張れる。 「ところでなまえ、一つ頼まれて欲しい事があるのだが・・・」 「うん、何?」 これも上手く出来たんだよ?とほうれん草の胡麻和えを彼に勧めながら答える。 「もちろん無理にとは言わん。・・・嫌なら断ってくれて構わない」 「うん、だから何?」 「もうすぐ、夏休みだろう?」 「そうだねえ」 「・・・俺は断ったのだが、あいつらがどうしてもと言って聞かぬのだ」 あいつらとはバンドのメンバーの事だろう。 言いにくそうに目を逸らし、箸を置いて深呼吸をしたはじめ。 一体彼は私に何を頼もうと言うのか?まさか告白なんて・・・このタイミングでそれは無いか。 なんとなく、雰囲気にのまれて私も箸を置いた。 「夏休み、メンバーで合宿をやろうという話があがってな」 ああ、1週間くらい留守にするとかそういう類の話か。 「合宿なんて、なんか部活みたいだね。そんなの、別に気を遣わずに行っといでよ?」 「・・・・・・なまえも一緒に来て欲しいのだ」 ・・・・・・うん? 私も一緒に合宿? 待って、どういう事? 「断ってくれても構わない」 「いや、ごめん、話が良く分かんない。何で私?邪魔でしょ?」 「・・・・・・その、先ほどのなまえのメールをメンバーに見られてな・・・」 「え」 「どうせなら、上手い料理が食いたいと言って聞かぬのだ」 普段は要点をまとめて話す癖に、動揺するとすぐこれだ。 まったく訳が分からなくて私が端折られた箇所を補足してまとめる。 「・・・つまり、合宿中にご飯を作れる人が居ないから、私が付き添って家事全般をやれってこと?」 そういうことになるな、となんとも申し訳なさそうな顔をしていうはじめ。 年内に自主制作でCDを作りたくて、そのために全員で集中的に練習したいらしい。 「・・・・・・いいよ?」 「な、なにっ・・・?」 「だから、良いよって」 「俺以外3人の男の飯の世話をすることになるが、それをお前は引き受けるというのか?」 「は?」 「あいつらの分の洗濯をしたり、食器を洗ったりだな・・・」 「うんいいよ別に。楽しそうだし」 「い、言っておくが、あいつらは全員彼女がいないのだぞ?」 「それが何か?」 私がさらりと言うと、言葉に詰まって少し考えるそぶりを見せたかと思えばまた箸を持ち直した。 「お前のうまい飯を、あいつらに食わせるなど、俺は許さん」 「はじめが持ち出した話題でしょ!?何、じゃあ断れば良いわけ?」 「ち、違う、そうではないのだ!だが何かあったらどうする?もう少しだな、恥じらいと言うものを・・・」 「親かっ!いいよ、平気だよ。だってはじめも居るんでしょ?」 ―――“何かあったら”って思うなら、何もない様に私を守ってよね? そう言ってみれば、わかったと頷いて黙々と目の前の御飯をたいらげた。 ねえ、今のって、私を他の男に取られたくないって思ったって事でいいの? 私の作った御飯は、他の男には食べさせたくないって独占欲? それって、それって、期待して良いって事、だよね? 「た、ただし、全員の休みが上手い事合うかどうかはまだ分からぬ故、それ次第だ」 結局その数日後、1週間の合宿が決まったと、暗い顔をして打ち明けられた。 もちろん私は、既に行く気満々で居たし、やったねなんて喜んで見せる。 ただの幼馴染から、少しは進展できるだろうか――― prev next |