数日後、彼女が思い描く“恋人同士のデート”というものを実践することになった。

今日は12月31日。

俺のほうが先に出掛ける準備を終え、先に行っている、と玄関を出ようとしたところ、支度途中の彼女が駆け寄ってきた。

何か忘れ物でもしただろうかと振り返れば、ほんの少し背伸びをして俺の唇にキスをすると、満足気に彼女が微笑んで、言った。



「・・・行ってらっしゃい」


「あ、ああ・・・」



その表情は、今まで見たことがない程・・・その、可愛いと・・・心から、思う。



パタリ、と玄関の扉を閉じて、ひとつ深呼吸をした。

冷たい外の空気は一瞬でそれを白く曇らせる。

コートのポケットに手を入れて、待ち合わせの駅へと歩きながらつぶやいた。

「・・・敵わん」

もちろん、付き合わされているつもりなどない。

だが、こんなに長い間一緒にいた筈なのに、まだ彼女の知らない顔があるのかと、正直驚いている。

そして今以上に、なまえを好きだと、愛しいと、これから思うようになるのかと騒ぎ出した心臓はおそらく、当分止まない。




episode30 "バースデー"




「お、お待たせっ」

「いや・・・・・・」

「・・・行こっか」


照れくさい。

こんな風に意識して彼女を待つことなど今まで無かったし、“初デートだ”と張り切っていた彼女の言葉を思い出して、今までずっと立っていた彼女の隣に、どの距離で居ればいいのか戸惑った。


「はじめ?」

「あ、ああ。すまない」

ぼんやりとそんなことを考えていれば、既に歩き出していた彼女が振り向いて名前を呼んだ。

「もう、はぐれないでよ?」

そう、くすくすと肩を揺らしながら笑う彼女に、また、鼓動が早くなる。

「ほら・・・」

なんの躊躇もなく、自分から俺の手を引いて歩き出した。

今日は、心臓がいくらあっても足りなそうだな―――

そんなことを考えながら、落ち着かなくてはと深く息を吐き出した。



「何回目だろうね、一緒に初詣するの」

神社までの道を、駅から人の波にゆっくりと乗りながら歩いた。

寒そうに肩をすくめた彼女を見て、思わず繋いでいた手を自分のコートのポケットへと引き寄せた。

「・・・数えたことなどないが、人生の半分以上はあんたと来ている気がする」

「そうかも・・・・・・へへ」

そっと握り返されたその手に、思わず頬が緩む。

「来年も、再来年も、こうして隣にいられると良い」

「・・・あはは、プロポーズみたい」

「あんたには、何度伝えても受け付けては貰えなそうだな」

「うん、ちゃんと結婚しようって言わなきゃだめー」

「そうだな。来年は―――否、もう今年だな、」

「・・・あ、」

年が明けた。

周りでは新年の挨拶を律儀に交わす人ばかりだ。

その中で彼女はいつも、違う言葉を先にくれる。

「・・・お誕生日おめでとう。はじめが夢に少しでも近づけるように、私もずっと応援してる」

「ああ、あんたが居てくれれば、叶いそうな気がする」

そして、今年中には言えるように努力する、と付け加えれば、焦らなくていいと彼女が微笑んだ。


コートの中で繋いだままの手は、いつの間にか温かくなっていた。

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