初めて立ったステージは、心地よかった。

体育館の壇上に上がる事はこれまで何度かあったが、今日ほど興奮した事は無い。

結果が数字として目に見える訳ではないのに、これほどの達成感を味わえる事など他に有るだろうか。

遠く、近くから呼ばれる自身の名前にも気分が高揚していくのが分かる。


そして何より、彼女がそこに居るという事。


ベースを始めてから3年。

独学で始めたそれも、なぜこんなに温めていたのかと言われれば、完璧で有りたいと思ったからだ。

去年も、その前も、総司から学園祭に出ようと誘われては居たが、頑なに断り続けた。

ただ自分に酔うだけなら勝手にすればいいと。

俺がやりたいのはそれとは違う。

聞くに堪えない演奏を、誰かに聞かせて何になる?中途半端にしたくは無い。



episode2 "悲しみロックフェスティバル"



「えー、斎藤くんもう帰っちゃうの?後夜祭は?」

「・・・すまない」

先ほど、ライブを見てくれたらしい女子生徒からの言葉にそう言って校門を抜けた。

「告白タイムさ・・・はじめが居ないと困る女の子たくさん居るんじゃないの?」

「・・・・・・その様な事は知らん」

ライブが終わってから彼女のクラスへ向かい、完全に陽が落ちるまで側に居た。

好きなだけ居ればいいと言われたからそうしたまで。

「帰ろうかな」と立ちあがって俺を見下ろしたその瞳は、確かに“一緒に帰ろう”と言っていた。

だから今、こうして彼女と学校を後にした。

学園祭に付きものらしい後夜祭の告白タイムは俺には何の関係も無い。

そう、俺にはどうだっていいのだが・・・・・・彼女は自覚が無さ過ぎる。

なまえこそ、去年も一昨年も数人から告白を受けていた。

それを見て居られなかったし、自分のものにしてしまいたいと何度も思った。

ただ、彼女の存在があまりに近すぎて、この関係を壊す事もしたくなかった。

「なまえ」

「ん?」

「ライブの感想を聞かせてくれ」

「ええー?」

他の誰でも無く、一番に彼女に聞かせて欲しかった。

「・・・・・・えっとね」

少しだけ考えるそぶりを見せて、

「ドキドキしちゃった」

と笑った。

それはあまりに唐突で、抽象的で。理解し難い解答に、説明を求めるしかなかった。

「・・・・・・それはどういう・・・」

「だめー教えない!内緒!もう、良いから早く帰ろう!」

そうして、長い黒髪と短いスカートを揺らしながら俺の3歩前へ先回りした彼女。

無邪気な笑顔は昔から変わらない。

「なまえ、あんたはこうしてないと何処かへ行ってしまいそうだ」

幼い頃から何度も繋いだ手も、気付けば触れることが無くなっていた。

「・・・・・・そうだよ、私、どっか行っちゃうんだから。ちゃんとつかまえててね」

ぎゅっと強く繋いだ手から伝わる彼女の体温が心地よくて。

ライブの後で気が大きくなっていたのかも知れない。

普段なら、この様な事はしたくても出来ないのだが―――

「言われなくとも、離してなどやらん」

他の男を好きになろうが、告白されようが、決してこの手は離さない。

「・・・もう一つね」

彼女から返事は無く、急にまた話を切り出されて何事かと思えば






―――はじめ、かっこ良かったよ。






こちらを見る事無く、暗くなった帰り道を真っ直ぐ見つめてそう言った。

何と返事をするべきか。

彼女からのたまらなく嬉しいその一言に高鳴った鼓動。

先ほど立っていたステージでの興奮も高揚もそれには敵わないかもしれない。

とりあえず、繋いでた彼女の手を少しだけ強く握った。

すると驚いた顔をこちらに向けてすぐに視線を逸らしたかと思えば、それに応えるように強く握り返された左手。



久しぶりに繋いだ手をこんなにも離したくないと思うのは―――




「ちょっと一君、聞いてる!?」

「あ、ああ。すまん、」

あのとき演奏した曲をアレンジし直していたら、どうやら思い出に浸ってしまっていたようだ。

「しっかりしてくれよなー、リーダー!」

「そっ、その呼び方は止めろと言ったはずだ」

「え、いいじゃんリーダー」

「あはは、リーダーねえ」

最近やっとメンバーが2人加入して4人編成になった。

同じく大学1年の平助と、一応社会人らしい左之。

このメンバーでの初ライブが急遽1ヶ月後に決まり、練習も兼ねて現在スタジオに来ている。

さすがに4人にもなると、スケジュールを調整するのが難しく、本番まで何度練習に入れるかが分からない。

貴重なこの時間に彼女のことを考えてしまうなど・・・・・・

「すまん」

震えた携帯を開くとまさにその彼女からのメールだった。

**********

subject:Re:晩御飯

from:みょうじなまえ

やばい、プロ級なの出来た!!魚と一緒に待ってるね!

**********

「・・・・・・なまえちゃんからでしょ。一君顔緩みすぎだよ」

「えっ!?緩んでる?俺全っ然わかんねぇ」

「確かに全く変わらないと思うが・・・」

「だ、黙れっいいか、サビから合わせるぞ」

「ちょっ!リーダー強引!」

「なんだ、彼女からのメールか?」

「そうそうなまえちゃんって言ってね・・・」

「左之!総司!合わせると言っているだろう!」



この賑やかさも心地良いと思う。

しかし、俺を待ってくれている彼女のもとへ、早く帰りたいとも思う。

そのプロ級らしい腕前を確かめねばな―――







prev next
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -