テレビの雑音も、時計の音も、何も、何も聞こえない。 響くのは、自分の鼓動だけ。 重ねた柔らかな唇から伝わる体温に、体中が熱を帯び始める。 彼女は今、どう思っているだろう。 何を、思っているだろう。 今、俺が思っているこの気持ちと、同じであれば良いと――― ・・・・・・なまえ、あんたが、好きだ。 episode25 "kimiga suki" じっと、動かない彼女が気になって、唇を離し閉じていた瞳を開いてみれば、それに気づいた彼女も同じく、ゆっくりと瞼を開いた。 そうすれば、間違いなくお互いの視線が交わってしまい、あまりの近さに慌てて顔を逸らしてしまった。 「・・・そ・・・その・・・」 「・・・っ」 言い訳をするつもりなどなかったが、重い沈黙が訪れぬように口を開けば、未だ繋いだままの手の中で、彼女の指がピクリと動いた。 そう感じた瞬間、ゆっくりと、確かめるように握られた手。 彼女の方をちらりと見やるが、逸らしたままのその顔は、見えない。 「なまえ・・・・・・」 「・・・・・・な・・・に?」 名前を呼べば、ゆっくりと、ぎこちなくこちらに向けられた頬は真っ赤に染まっていて、視線はまだ外したまま、俺の方を見ようとはしなかった。 顔を覗き込もうとしたが、隠すようにまた少しだけ背けられてしまった。 拒否を、されているわけではないだろう。 むしろ、今、きちんと言葉にして伝えてやらなくては、多分また同じように不安になってしまうだろう。 一人で悩んで、考えて、また、泣くのだろう。 「・・・大事な、話があると言っただろう」 「うん・・・・・・」 「・・・ちゃんと、あんたの顔を見て話がしたい」 「・・・・・・う、・・・」 ちらりと俺の目を見た彼女だったが、すぐにまた、視線を落とした。 一瞬見えたのは、今にも泣きそうだったその潤んだ瞳と、先程まで泣いていたせいで赤くなっている目元と。 それから、今まで見たことがないくらい、赤く染まった頬。 「・・・・・・ごめん、ちょっと・・・・・・待って・・・・・・無理」 相変わらず、顔を背けたままの彼女は、もう一方の手で隠すように頬を抑えていた。 「なっ・・・・・・無理とは、どういう・・・」 「や、だから!・・・・・・その・・・・・・恥ずかしすぎて、顔、見れない・・・・・・だって、急に、あんな」 「・・・嫌、だったか」 「ち、違っ・・・!」 そう呟けば、慌てたように真っ赤な顔をこちらに向けて否定した。 その瞬間絡まった視線を、逸らすことはお互い出来なかった。 困ったように眉を寄せて、潤んだその瞳で俺をじっと見つめた彼女は、言葉を続けることを忘れているようで。 お互いが、お互いに見惚れてしまっているのではないかと、錯覚する。 「聞いて、くれるか」 「・・・・・・うん」 あの日と、同じくらい、否、それ以上に鼓動が早まっていく。 眠っている彼女に口付けたあの日よりも。 合宿から帰ってきて、彼女を抱いたあの日よりも。 落ち着くわけなどないと分かってはいたが、一つ、ゆっくりと息を吸い込んで、吐き出した。 「・・・・・・ずっと、だ。ずっとあんたに、言おうと思っていた」 ただじっと、俺の言葉を待っている彼女は、変わらずに俺を見つめていて。 怖くないと言えば、嘘になる。 彼女のことが大切で、愛しいが故に、失うのが怖いと。 だが、彼女に突き放された昨日に、たまらなく感じた孤独。 「俺は」 物心ついた頃からずっと隣にいるのが当たり前だった。 家族のような存在だと思っていたはずだったのだが、いつの間にか騒ぎ出した胸を否定することなどできなくて。 もしその存在が消えてしまったら―――? 俺は今まで通りに笑える気もしないし、音楽に集中できる気もしない。 支えてくれる彼女のその存在が、どれだけ自分の中で大きくなっていて、大切だと思うようになっていたか。 「・・・なまえ、あんたが―――」 失うくらいなら、このままの距離で居たほうが楽だろうと思っていた。 けれど、逃げたところで何も解決などしない。 そして、彼女が急にあのような態度をとった理由を、自分のせいだと言っていたが、この想いが通じていれば、辛い思いをさせなかったのではないかとも思う。 正直、今もまだ、不安がある。 幼馴染という関係に甘えていればいいとどこかで思う自分もいる。 だが、そんなものは結局自分勝手なものでしかなくて。 もし思いを伝えて、この関係が拗れてしまったとしても、なるべくしてそうなったのだと今なら思える気がする。 何もせずに悶々としたまま、この関係を続けることに何の意味があるのか。 大切なものを大切と、愛しいものを愛しいと、言葉にすること。 苦手なものを避け続けていられるほど、子供でもない。 「あんたが、」 自分のためにも。 彼女のためにも。 「―――好きだ」 真っ赤に染まったままの頬をさらりと撫でると、顔を歪めた彼女が急に抱きついてきたせいで、そのままソファに倒れ込んでしまった。 「なまえっ・・・・・・!?」 「・・・ば、ばかぁっ・・・・・・!」 ぎゅうと、力を入れて目一杯俺に抱きついてきた彼女の華奢なその背中に、腕を回した。 「馬鹿、とは心外だな」 「私、ずっと・・・待ってたんだよ」 俺の肩を濡らす彼女の涙が、熱い。 「待たせて、すまなかった」 その、細い背中を撫でながら、重なった体に、緊張するよりも安心感の方が大きいのはどういうことだろう。 思いを伝えた安堵感なのか。体の力みが、一切なくなった気がする。 ふるふると首を振って、目の端の涙を拭った彼女が、俺の顔を見て言った。 「大好き」 「・・・・・・っ」 ニコリと笑ったその笑顔は、多分、初めて見た。 今まで見てきた彼女の笑顔とは比べ物にならないくらい綺麗で、たまらなく可愛い。 落ち着いたと思っていた鼓動がまた、徐々に速度を増していく。 「大好きだよ、はじめ」 「なまえ、」 「好き。・・・・・・えへへ、大好き」 もっと早く、言ってやれば良かったと、後悔している。 こんなに幸せそうに笑うなまえを見たことはない。 どれだけ彼女の想いを遮ってきたのか、悪いことをしたと、今更ながら目頭が熱くなってきた。 泣いてる顔など、彼女に見せてはならないと、俺の上に乗っている彼女をぎゅっと抱き寄せる。 「もう、二度と離してなどやらん。あんたは、俺の隣が一番似合う」 「・・・ず、ずるいっ・・・そういうの・・・」 「それからもう一つ、あんたに言いたいことがある」 「何・・・?」 「・・・・・・“家族みたいな存在”ではなく、ちゃんと、あんたと“家族”になりたい」 prev next |