起き抜けに携帯を確認してみたが、彼女からの返事はなかった。

カーテンの隙間から漏れる朝の光を遮るように、左腕で顔を隠して、もう一度目を閉じた。



この、焦燥と不安を拭うには―――



episode23 "逆様ブリッジ"




「・・・お疲れ様です」

土方さんの出社時間である、午前10時を少し過ぎた頃事務所に顔を出した。

「・・・来たか。悪いが13時から会議があってな。それまでには切り上げろよ」

俺の顔を確認すると、そう言いながら昨日のライブ映像の入っているDVDを後ろ手に渡してきた。

「ありがとうございます」

「・・・それから、あんまり根詰めるなよ。お前は、いつも一人で頑張りすぎだ」

土方さんがくれた言葉になんとなく申し訳なさを感じて、背中越しの彼の視界に入っていないとはわかっていながら、軽く頭を下げて会議室へ向かった。



別に珍しいことではない。

こうして、ライブ映像を確認すること自体は。

メンバー全員でお互いのダメ出しをしながら反省会は今まで何度もしてきた。


―――それが、ライブの翌日に、一人でわざわざ事務所に来て、しかも、彼女の塞いでいる理由を探るためだとは、誰が思おうか。



会議室へ入るなり、コートを脱ぐ時間すら惜しくて、すぐにモニターとプレイヤーの電源を入れた。

「何を・・・・・・」

して、いるのだと自嘲した。

ライブの出来よりも、今は、聞き出せなかった彼女のことをどうにかして知りたいと必死の自分。

音楽のことばかりを考えてきたこれまでを、ほんの少し―――否、心から、悔やんだ。




『はじめまして、のお客さんも多いのかな?』

1曲目を終えたところで、嬉しそうに総司が言った。

ステージから見下ろした客席は、今までやってきたライブの中で一番盛り上がっていた気がする。

確かにあの時、客席の奥の方に彼女を見つけたのだが、ステージだけを映しているこの映像には映り込むはずもない。

『それじゃあ、せっかくのクリスマスだし、僕らから・・・・・・新曲のプレゼント』

それに答えるように上がる歓声。

そうして2曲目が始まっても、演奏中に何かあったかと言われれば特に気づくところもない。

この日はステージで喋ることなどなかったから尚更、演奏中に何もなければ彼女の様子がおかしかった理由がわからない。

それとも、他に何かあるのだろうか―――





「斎藤」

「・・・っ、」

「時間だ」

何度目だろうか。

最後まで見終えてもう一度再生しようとした瞬間だった。

土方さんが会議室に入ってきたことすら気づかないまま、じっと見入っていたらしい。

掛けられた声に驚いて、現実に引き戻された気がした。

約束の13時、5分前。

取り出したDVDをそのまま土方さんに返さなくてはと渡そうとしたが、途端、一つ呆れたようなため息をこぼされた。

「今日は持って帰っていいぞ。納得いかねえって顔してやがる」

正直、いくら見ても答えは出ない気がした。

それでも、何かの手がかりになるだろうと、それを鞄にしまいこんで、会議が迫っているその場所を後にした。



すっかり年末の空気が漂っていた慌ただしい事務所から出て携帯を見ると、メールが一通。

差出人は、“みょうじなまえ”。

今更返事が来るとも思っていなかったせいで、気を抜いていた。

ドクドクと、心臓がうるさく響いている。





“はじめは、――――――”





自分のこの、焦燥と不安は、きっと彼女の笑顔でかき消される。

今だって、このメールにわけがわからないと思いながらも、たまらなく嬉しくて、緩む顔を抑えるように、手の甲で口元を覆った。

彼女の質問の答えを、今すぐに届けてやりたいと、震える手で電話を掛けた。

無機質な機械音は、すぐにプツリと途切れて、愛しい彼女の声が耳をくすぐる。




『・・・もしもし?』

「なまえ?」

『う、うん。どうしたの?』

「・・・その、具合は、もう良いのか」

『・・・良いか悪いか?・・・どう、答えていいかわかんない』

すぐに電話に出た彼女に少し動揺してしまい、上手く言葉にできなかった。

「家にいるのか?」

『うん、今起きたところ』

「・・・・・・すぐに帰る。待っていろ」

『どうしたの?』

「あんたに、聞きたいことと言いたいことが山ほどある」







“はじめは、ずっと私のそばに居てくれる?”








『・・・・・・私、どこにも行かないよ。待ってる』









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