「いってらっしゃい」

「ああ、行ってくる」

パタリと閉じた扉の向こう。

送り出した午前9時の冷え込む玄関で、寝ぼけ眼の私はひとつ、大きな欠伸をこぼす。

「・・・ふぁ」

彼は、眠れたんだろうか。

見送った背中の残像でさえ、消えていくのが惜しいと、起き抜けのぼんやりとした頭で思っていた。

私は、昨日はじめからもらったネックレスと渡したチケットのことで頭がいっぱいでなかなか寝付けなかったのだ。

大晦日、誕生日、コンサート。

何を着ていこうかなとか、告白、ちゃんとできるかなとか。

このネックレスを選んでくれた時のことだとか。

ぐるぐるといろんな想いが私の頭を支配して。

でもそれは、全部、はじめのこと。




episode21 "Merry Christmas to me"




12月25日。

世間で言うところの、今日が本番のクリスマス。

正直、私にしてみれば昨日でクリスマスは終わった気分、もう年末モードだ。

今日は、10組が出演する豪華なクリスマスイベントに参加するらしい。

しかも、出番は最後。

前にも企画を手伝ってくれた人が今回のイベントに呼んでくれたんだとか。

今までで一番大きな会場に出演するのだと張り切っていた彼は、以前からずっと今日を楽しみにしていたようだ。

私には、出演するバンドの名前を見ても、よくわからない人たちばかりだったけれど。

21時頃からだと言っていたから、それに合わせて行くと伝えてある。

それまでは、ひとりぼっちのクリスマスだ。

「・・・・・・今日晩ご飯、食べるかな。・・・あー、ケーキくらい、買いに・・・・・・いや、作る?」

終わったあとはきっと打ち上げに参加して遅くなるだろうから、あまり張り切ってごはんを作っても食べられないと思う。

それなら、と。

まだ時間はたっぷりある。

「・・・・・・うん、作るかな」

スーパーもまだ開いていない時間だ。

はじめが作って行ってくれた朝ごはんをテーブルに運び、何ケーキを作ろうかとレシピのアプリを開いた。

「ん!?・・・・・・・あー、くやしい。味噌汁超おいしい・・・・・・」







とりあえずケーキは何とか形になったから、冷蔵庫に無理やり押し込んできた。

ライブ会場の最寄り駅である若者の多い街は、駅前のイルミネーションにも力を入れているのか、大きなクリスマスツリーが目に入った。

それを待ち合わせの目印にしているであろう人たちが、ツリーの下にたくさんいる。

「わー・・・綺麗。はじめも、見たのかな」

一緒にみたいな、なんて考えが過ぎってしまう。本当に最近、はじめのことしか考えてない。自分に少し、苦笑い。

「あれ、あの人藤堂君にめっちゃ似てる」

見たことある後ろ姿、隣にいる人は誰かわからないけど、女の子だ。

誰か紹介してくれって私に会うたび言っていた彼のことだ、多分、あの人は人違いなんだろう。

なんとなく、言い聞かせるようにそう思ってみたけれど、ふと見えた横顔に、本人だと気づいた。

声をかけようかどうしようかと一瞬迷っていると(だってもうすぐ出番)急に藤堂君が切なそうな表情で、隣の女の子をぎゅっと抱きしめたのだ。

「・・・、っ!?・・・・・・きっと人違い、人違い!」

知り合いの、こういう場面に出くわしてしまったときは、他人のふりをするのが一番なんだと思う。

遠目だったから会話の内容だってわからないし、もしかしたら本当に藤堂君にそっくりな人なだけかもしれない。

「や、やだっ・・・・・・なんか、すっごいドキドキしてきた・・・」

チケットを渡した時に抱きしめてくれたはじめのことを思い出してしまって。

人目の多いあの場所も、この駅前も、もしかしたら大して変わらないんじゃないかって。

そうしたら、客観的に、昨日の展望台での私とはじめを見ているような気分になってしまう。

それから、見てはいけないものを見てしまったような気がするのと、やっぱり少し羨ましいのとで、鼓動がどんどん早くなっていく。

もう一度、昨日みたいに、周りの目なんて忘れて、私を抱きしめてくれないかな、なんて。






信じられないほど混雑している会場。

私が到着した時にははじめたちの前のバンドが終わったところだった。

あんまり高い天井と、広いステージと、がやがやと、ほんの少し雑音が耳障りで。

こんな大きな会場に出るのは初めてだと言っていたけど、それと同じく、私だって来るのは初めてだ。

それから、こんなにステージのはじめとの距離が遠いのは、そうだ、多分、初めての学園祭ライブの時以来な気がする。

(懐かしいな・・・)

今も時々思い出す。

バリバリに音が割れていたひどい音響の中で、それでも必死に周りの音を聞きながら演奏をしていたはじめをカッコイイと思ったこと。

ほかの女の子たちに嫉妬したこと。

未来の彼女に、嫉妬したこと。

あの頃は、もっとはじめにわがままを言っていた気がするし、今よりも幼い自分だった気がする。

あれからたった1年しかたっていないのに、随分と大人になった気でいるのは私の勘違い?

考えなしに気持ちをむき出しに嫉妬したりしていた私が、いつの間にか日々増えていくファンの子を見て“ありがとう”と思えるようになっていた。

近づいて欲しくないとか、話しているのを見るのも、きっと以前の私だったら嫌だと思ったはずなのに。

一緒に住んで、距離が近くなったからかな。

いつも隣にいるから安心してるのかな。





それから、はじめの温もりを、一度、知ったから、かな。





「わ・・・」

真っ暗になった会場に、興奮する声が上がる。

聴き慣れたSEと、すっと上がった沖田くんの右手と。

何度目か、数えてなんてないけど、ライブは多分、結構見てきた。

それなのに、いつもドキドキする。





―――ああ、この曲が1曲目なんだね。





あの頃とはアレンジがかなり違うけれど。

思い出の曲。

この雰囲気を懐かしいと感じていた私と、多分はじめも沖田くんも、同じ気持ちだったんだろうと思ったら、嬉しくなって、頬が緩んだ。

あの、学園祭の一曲目と同じ。






こんなに大勢の中で演奏する彼らを見ていると、合宿の最終日に、スタジオに呼び出されて彼らの演奏を独り占めした自分が、夢でも見ていたのではないかと思えてくる。

たくさんファンが出来て、こんなに大きな会場でライブができるようになって。

「・・・・・・っ・・・」

ああ、困ったな。

込み上げてきたこの想いが、私の目頭を熱くする。

じわりと浮かんだ涙のせいで、滲む視界。

それでも確かに聴こえてくるのは、あの合宿の日よりも確実に上手くなっている彼らの演奏。






そうしたら、なんだか急に、はじめが遠くに行ってしまったような、寂しい気持ちが私の胸を、掠めていった。




この距離が、切ない。



いつも私の隣にいるはじめは―――朝、行ってくると言っていつも通りに出て行ったはじめは、本当に、目の前のステージに立っている彼なのだろうか。









不安で、不安で、たまらない。





ねえ、お願い。


私を好きだと言って、抱きしめて。







浮かんだ涙は、いつの間にか溢れ出して止まらなくなって。



私はクリスマスに一人、涙を流してライブを見ていた。








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