いつもより、ずっとずっと近くで、彼の匂いがする。 さら、と頬に触れた髪からは、同じシャンプーの匂い。 ぎゅ、と腕に力を込めて私を抱きしめているのは―――紛れもなく、“幼馴染”。 episode20 "さらり" あのまま、周りの視線を浴びながらはじめが待てと言った30秒、彼の腕の中でじっとしていた。 私に見せられない顔ってどんなだろう。 “嬉しい”なんて一言も言われていないけど、この彼の反応を見ると、間違いなく喜んでくれているのがわかる。 はじめの腕が緩められたかと思えば「頭を冷やしてくる」と言って消えてしまった。 ・・・冷やす必要なんて無いのに。 そのまま、熱を伝えてくれたら良いのに。 言葉にしてくれたら良いのに。 「はあ・・・」 私も、のぼせてる。 「少し、行きたいところがある」 「え?う、うん・・・いいけど」 戻ってきた彼と一瞬だけ交わった視線は、すぐにすれ違う。 了承した私は、はじめの後ろについて歩いた。 いつもよりなんとなく早足で、どうしたのかなと思いつつも、黙ってその背中を見つめていた。 私を抱いたことも。 今、抱きしめたことも。 後悔して欲しくない。 たどり着いたのは、有名ブランドの路面店が立ち並ぶ坂の入口。 歩道には、等間隔に並べられた木々が並ぶ。その枝先一本一本にまでくくりつけられた電飾が、眩しいほどに鮮やかな白色と、青色を放っている。 見下ろす夜景も綺麗だけれど、間近で見るイルミネーションも素敵。 そういえば、この通りはあまり歩いたことがなかったな、とぼんやり思っていれば、「こっちだ」とはじめが変わらずに無表情で私の手を引いた。 なだらかな坂を、2人ほんの少し早足で歩く。 何度も、何度も繋いだはずの手に、どうしてか今日はまたドキドキする。 斜め後ろから見る、見慣れた彼の輪郭にも。 私の手をすっぽりと包み込んでしまう、いつの間にか大きくなった手のひらにも。 さっき、抱きしめられたことにも。 ちょっぴり期待してるから、かもしれない。 「間に合ったな・・・」 立ち止まり、振り返ったはじめの視線を追って、私も歩いてきた通りに視線を向けると、多分、通りの真ん中くらいなんだろう。 木々のイルミネーションの間から見えるは、さっき見下ろしていたオレンジ色を放つ電波塔。 「・・・・・・」 「・・・なまえ?」 「・・・・・・あ、・・・」 言葉にできない事があるのかと、目の前に広がる美しすぎるイルミネーションに目を奪われて固まってしまった。 多分、世界で一番なんかでは決してないんだろうけど―――となりにいるはじめと、高鳴る鼓動と、伝わる温もりに、一番だと錯覚する。 「・・・きれいだなんて言葉で片付けたくないけど、それ以上に褒める言葉が見つからないや」 「そうか」 「あ、写真撮ろうかな」 ごそごそと携帯を取り出して、この景色を切り取る。 はじめと見ているこのクリスマスのイルミネーションと、いまの、ドキドキしている気持ちと。 わざとらしく解いた右手は、妙に熱い。 出来ることならどうか、どうか――― 「あのさ・・・一緒に―――」 「そのまま、あと15秒、前を向いていろ」 「え!?な・・・」 唐突な、彼の言葉。 携帯の画面を覗いたまま、私が言おうとした“一緒に写真撮ろう”というその言葉を遮った彼に、戸惑いながらもしゃんと伸びてしまった背筋。 とりあえず言う通りに、じっと目の前の景色に目をやった。 腕時計を見ているのか、カウントダウンするはじめの声が後ろから聞こえる。 「5、4、3・・・」 「え・・・・・・・・・?」 あんなに、煌びやかに光を放っていた白と青がフェードアウト。 ぽっかりと、寂しそうに電波塔のオレンジ色だけが浮かぶ。 その瞬間、何かが一瞬視界を遮ったかと思えば、首にひやりとした感覚。 なんだろうかと、自分の首元を確かめるように視線を落として、冷たいそれに指で触れた。 「はじ・・・・・・」 「前を、向いていろと言ったはずだ」 「あ」 そうだった、と顔を上げれば、白と青の代わりに点ったのは、赤とやわらかなオレンジ。 ―――う、わ。 きれいすぎてため息が出そうになった瞬間に、首にはじめの指が少し触れた。 「・・・・・・何を渡そうか、今までで一番悩んだ」 私の前に回り込んできたはじめが、私の首元に視線を落として呟いた。 変化した赤のイルミネーションが、彼の頬に色を刺す。 「こ、これ・・・」 自分では、視界に捉えることのできないそれに指先で触れれば、ネックレスであることはわかったけれど。 「あんたはあまり、こういうものをつけている印象は無いが・・・・・・」 きっと、私の頬も赤く染まっているんだと思う。 「よく、似合っている」 そうして、咳払いをしながら「・・・・・・と、思う」と付け加えた。 背を向けたはじめの耳が真っ赤だったのは、イルミネーションのせいなんかではない筈。 「・・・ありがと」 「あ、ああ・・・」 「ねえはじめ。せっかくだから、これつけたまま・・・写真、撮りたいな」 「俺が撮ってやろう」 と言うと、携帯を貸せ、と言わんばかりに手のひらを私に差し出した。 「・・・は!?違うし!い、・・・一緒に撮ろうって言ってるの!」 「なっ・・・・・・」 「・・・・・・だめ、かな」 「・・・い、一枚、だけだ」 なかなか角度が決まらなくて二人であーだこーだ言いながら携帯を構えていたら、優しい警備員のおじさんが撮ってやろうかと話しかけてくれて、甘えることにした。 「それにしてもよく知ってたね?イルミネーション」 「・・・あんたに、行きたいと言われて、その、」 真面目な彼のことだ。きっと調べてくれたんだろう。 ―――私のために? 言葉尻を濁すはじめがさっきとは別人に見えて、なんだかとても愛らしく感じる。 「・・・ねえ、はじめ」 視線を落としたまま、なんとなくこちらに顔を向けた彼は何も言わなかった。 今、もし、好きだと告げたら? 幼馴染は終わって、恋人になれるのかな。 「す・・・・・・」 “好き” そう告げたら、キスしてくれる? 抱きしめてくれる? 私にまた、触れてくれる? 「す・・・すっごく楽しかったよ」 誤魔化すように告げた私のその言葉に、口元が緩んだのを見逃さなかった。 「そうか」 「あ・・・明日のライブ、がんばってね」 「ああ」 どうやら私もはじめと同じく“言葉にするのは得意ではない”らしい。 今日見たイルミネーションもそうだけど、言葉にしてしまうと、どうも陳腐になってしまう気がして。 結局幼馴染は延長だ。 「はあ」 自室に戻り、ぱたりと扉を閉じてドレッサーの前に腰掛けると、首元にキラリと光る彼からもらったネックレス。 わざわざ買いに行ってくれたのかと思うと、その様子が想像できて思わず頬が緩んでしまう。 彼がつけてくれたそれを外して、キスを落とす。 告白はできなかったけれど、こんなに満たされた気持ちでいられるのは、彼の想いと近づいている気がするから。 今更焦ったって、しょうがない。もうすぐはじめの誕生日も、コンサートもある。 うまくいってもいかなくても。どちらにしても、あと少しだけ幼馴染を楽しむのも、悪くない・・・かな。 prev next |