episode19 "1224"



アルバイトが入ったと嘘をついた。

「いらっしゃいませ」

いつも通りの時間に彼女に見送られてやってきたのは、繊細で華奢な女性もののアクセサリーを取り扱う店。

女性店員のワントーン高い声が俺を迎えた。

一人で入るのに少しばかり気恥ずかしく、早く済ませてしまいたいと、コートのポケットから予約票を取り出して店員に手渡した。

下見に来た時に目を付けていた商品が品切れていた為、取り寄せを頼んでいたのだ。

カウンターの下から、既に用意していたらしいそれを取り出し、にこりと柔らかい笑顔を見せた女性店員。

「斎藤様、こちらでお間違いないでしょうか」

「・・・・・・はい」

クリスマスプレゼントにとラッピングを依頼し、待っている間に店内をまた少し見て回った。

こんな小さい石に、どれほどの価値があるとも思えん。

しかし、キラキラと輝きを放つそれを、きっと彼女は綺麗だと言って見惚れるだろうなと考えて立ち止まっていたショーケースの中には、

“エンゲージリング”の文字。

「・・・・・・・・・っ」

「斎藤様、お待たせいたしました」

「あ、ああ、すまない」

「お出口まで」

小さな紙袋に収まっているプレゼントを受け取り、店を後にするとき「また、お待ちしていますね」と店員が微笑んだ理由が、

もし俺が覗いていたショーケースと関連しているのであれば、これ以上に恥ずかしい事は無いと、受け取った紙袋を鞄に押し込んだ。

早足で歩き、赤信号の交差点で立ち止まる。

「・・・・・・二度と行かん」

込み上げてきた恥ずかしさと、彼女とのこの先を想像してしまった事に、心臓がうるさい。

「・・・・・・一人、では」

この火照った頬を冷まさなくてはと、青信号に変わったのに気付き、寒空の下歩きだした。


ずっと一緒に居れたら良いと思う。

今の距離感が心地良い事も事実であるが、出来る事ならこれから先ずっと、彼女と共に過ごしたい。

恋人になれたとして、きっと今の“幼馴染”の距離感とも変わってしまうだろう。

もし“恋人”の距離感が上手くいかなくなってしまった時、幼馴染に戻れるかと言われても、出来るわけがない。

一度崩れた関係性を、立て直す事も修復する事も。

それが、万に一つだとしても。



・・・・・・恐れてばかりいるな。






陽が沈んだばかりで暗くなり始めた空の下、待ち合わせの駅に着くと、寒そうにしている彼女の横顔を見つけた。

ぼんやりと、自分のつま先を見つめながら、一瞬で消えていく白い息を、ほう、と何度も何度も吐き出していた。

「なまえ?」

「う、はい!?」

「具合でも悪いのか?」

「え?・・・あ、違うの!平気!」

服装のせいか、いつもと違う雰囲気の彼女に少しだけ見惚れてしまった事を気付かれてはいないだろうか。

“可愛い”だとか“綺麗”だとか、浮かんだ褒め言葉を、恥ずかしさとともに飲み込んだ。

きっと総司や左之ならば、すらすらと言えるのだろうな。

何の気負いも無く、“可愛い”と言えるように等、俺は一生ならないと思う。

「寒いだろう、片手でもこうしていた方が」

先程から振り返る男共に攫われるようなことがあってはならないと、彼女の冷えた指先を温めるように強く握った。






大手のショッピングビルを一歩外に出ると冷えた空気が頬をかすめる。

「やっぱ、手が出ないわ」

上品で豪華な内装は、決して大学生向きではないと彼女も分かっていたとは思うが、店を出たとたんにそう苦笑いを浮かべた。

「もう良いのか?」

「買い物はね・・・・・・でも、もう一つだけ行きたいところがあるんだけど、良い?」

彼女について行きチケットを購入すると、女性スタッフに案内され展望台行きのエレベーターに乗り込んだ。

「・・・夜景が見たかったのか?」

「え?んー、ていうか・・・せっかくだからクリスマスっぽい事、したかっただけ・・・かな」

振動がほとんどないエレベーターに運ばれ、あっという間に52階へとたどり着いた。

少し照明が落とされたその場所には、クリスマスイブと言うだけあって、恋人同士と思われる男女が多かった。

傍から見れば自分たちもそうなのではないかと思い、少しだけ緊張する。

「はじめっ!見てみてっ、あれ!」

有名な電波塔を指さして彼女は無邪気に笑っていた。

「・・・・・・きれい」

すっかり夜に包まれた空には、ガラスに映った笑顔の彼女が浮かんでいる。

ガラス越しにチラリと目が合うと、一歩後ろに居た俺に

「高いところ、駄目だっけ?」

不思議そうにそう問うてきた。

「・・・・・・いや」

彼女の隣へと近づけば「だよね」とクスクスと肩を揺らして笑っていた。

「はじめは恐いものなんてないもんね」

「・・・・・・あんたは、俺を何だと思っている」

「恐いもの、あるの?」

「・・・無くは、無い」

「ふうん」

気のない返事をすると、額がつきそうなほどガラスに近づいてじっと夜景を見下ろしていた。




恐いのは“あんたに、想いを伝えること、だ。”等と、言えるはずもない。




彼女にならって、ガラス越しの夜景を眺めていると、その輝きに、ふと彼女へ買ったプレゼントを思い出した。


いつ、渡そうか―――


「ねえ、はじめ」

「なんだ」

「・・・・・・あのね」

そう言って、ごそごそと鞄の中から取り出したのは、見覚えのある横長の封筒。

「ごめんね、ラッピングとかしてないんだけど。はい」

「チケット・・・?」

「クリスマスプレゼントね、一応」

俺が受け取ったのを確認すると、また夜景を―――否、ガラス越しに、彼女の視線を感じる。

「高校の時にさ、行ってみたいって言ってたの、思い出してさ」




チケットには、有名なコンサートホール会場と、“ニューイヤーコンサート”の文字。




「なまえ、よく・・・」

「でしょ?よく取れたと思うでしょ!?私もびっくりし・・・」




あんたは、俺の事を知りすぎている。




「は、はじめっ・・・あのっ・・・」



チケットが取れたことに興奮している訳ではない。




「み、みみみみんな見てるってばっ」

「・・・あと、30秒待て、今あんたに見せられる顔をしていない」

「え、ちょっ、ちょっと・・・」



緩みきった口元。

彼女が覚えていてくれたという事、それが、たまらなく嬉しい。

興奮しているせいか、荒くなった呼吸が、いっそう彼女の甘い匂いを運ぶ。



「もう少し・・・」




腕の中に抱きしめた彼女の、華奢なその身体は、あの夏の日と変わっていない。








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