肌寒くなった季節と、近づく冬の匂いに、あのロマンチックなイベントが迫ってくる気配がする。

12月25日、クリスマス。

去年は受験だなんだと、結局何もプレゼントしなかった。

毎年、毎年、はじめと私のウチと交互でクリスマスパーティーとは名ばかりの(親達の)飲み会が開催されていて、

私たち未成年組は、親のテンションについて行くことが出来ずに、部屋で二人、今思えばどうでも良い話をして過ごしていた気がする。




episode18 "シャボン"




「あーもう、うるさいなあ」

「クリスマスと言うより既に年末だな」

高校2年の時、私の部屋に避難してきたはじめと二人、取り分けてきたクリスマスっぽいおかずを頬張っていた。

こうして好きな人と自分の部屋で二人きり・・・と、なんともおいしい空間ではないかと、彼を意識し始めた私は思っていたけれど、

結局は1階から聞こえる親たちの笑い声が2階の部屋までつつぬけで、そんな欠片も無かった。

一つため息をつきながらはじめの方をちらりと見るが、彼は彼で、良く分からない難しい音楽の歴史のような本に目を落としていた。

ああ、そうか、集中してしまえば周りの声なんて聞こえないんだ。

「・・・・・・面白い?」

綺麗な姿勢を保ったまま、じっと本に夢中になっている彼にそう聞いてみれば、長い前髪の隙間から、一瞬きらりと光りを映した彼の瞳に捉えられた。



―――きれいな瞳。



「やはり音楽を文章で理解しようというのが難しい話だ」

「・・・ふうん」

興味はない。

もちろん音楽に、だ。

けれど、彼が興味を持っている音楽には、興味がある。

なんとも邪な理由ではあるが、はじめからいくつかCDを借りていた。

「こないだのさあ・・・あれ、借りたやつ・・・クラシックのやつさ」

「ああ」

「・・・私やっぱ、良く分かんなかった。眠くなっちゃうんだもん」

彼から借りたCDを棚から取り出し、ジャケットを眺めてみても、綺麗な景色が写し出されているだけ。

「・・・そう、だろうな」

「肯定しないでよ。失礼じゃない」

「すまん・・・」

そう、微笑んだ彼が私の頭を、優しく撫でた。







「・・・・・・え?ライブ?」

晩御飯の肉じゃがに箸を伸ばした私は、彼の言葉に驚いて、ジャガイモを取り損ねた。

「ああ、その日は11時入りだ」

淡々と、いつもと変わらない表情のはじめは、もぐもぐと、頬張った御飯を飲み込んだ。

クリスマスだよ!?と、心の底から大きな声で訴えかけたくなったものの、きっとはじめの中では大したイベントでもないんだろうな、と肩を落とした。

それに、クリスマスなんてイベントは、恋人同士の為のものであるのだろうし、私とはじめにとっては、まあそんな重要でもないかもしれないと言い聞かせまた肉じゃがに箸を伸ばした。

「・・・・・・25日はライブだが、24日ならあいている」





「・・・・・・へ?」




今度は、無意識に力んでしまった箸先からこんにゃくがつるりと滑り落ちた。

「あんたはそんなに箸の使い方が下手だったようには思わんが」

「・・・・・・う、うるさいな、塗り箸は滑るのっ!!」

ばくばくと、鳴りだした鼓動に、彼がどういうつもりであるのか必死で考えを巡らせた。

24日は私と出掛けるために予定を開けていてくれたの?

クリスマスを、私と一緒に過ごしたいと思ってるの?

ねえ、それって

「・・・・・・どこか、出掛けるか」

その言葉のせいで、また箸からこぼれ落ちたご飯。

表情一つ変えないはじめに、ふざけていないできちんと食べろと怒られた。

・・・これはあなたのせいだと、言えない。




「・・・うん」

やっとの事で頷いた私に、優しく微笑んだはじめが何を考えているのか。

お願い、ちゃんと、教えて。








高校時代のクリスマスを思い出して、慌てて買ったプレゼント。

彼の喜ぶ顔を想像したら、思わず私も、顔が緩んでしまう。

特にどこに行きたいわけでもなく、私はただ、はじめと二人で居られれば別に家だって構わなかった。

けれどせっかく出掛けようと言ってくれたのだから、楽しまなければと私はバイト帰りの彼と初めて訪れる駅で待ち合わせ。

「クリスマスまでバイト入れるかなあ・・・」

ふう、と一つため息をつくと、一瞬で冬の寒さに白む。

なんとなく、それが面白くて、何度も息を吐き出した。

今日、もし私が彼に好きだと告げたら、彼も想いを返してくれるだろうか。

行きかう人の、がやがやした話し声も、足音も、何も聞こえない。

私の中に居るのは、はじめと、彼への想い、それだけ。

「なまえ?」

「う、はい!?」

自分の息を見つめながらぼんやりとしていた私は、近づく気配にまったく気がつかなかった。

「具合でも悪いのか?」

「え?・・・あ、違うの!平気!」

コートのポケットから手を取り出すと、外の寒さで一気に冷えてしまう。

彼が着こんだ深いネイビーのPコートは、良く似合っていた。

見慣れているその格好も、どうしてか今日は、無性に私の胸を高鳴らせる。

「・・・あんたは、この寒いのにその様なスカートなど」

「い、いいの!」

スーパーに買い物に行ったり、駅まで迎えに行ったり。

そんなのしょっちゅうだったけれど、こうして改めて二人で出掛けるのは久しぶりなのだ。

私だって、はじめに釣り合うように居たいと思うのは当たり前でしょう?

「・・・ほら」

差し出された、彼の手。

「寒いだろう、片手でもこうしていた方が」

そうして、私の右手をぎゅ、と握ってきた彼は、言葉尻を濁してそっぽを向いた。

それがたまらなく嬉しくて。

「・・・うん、あったかいね」

「行くぞ。みたいと言っていた店はどこだ」

「えっとね」

シュミレーションしたショッピングコースを頭の中で描きながら、私達は目当ての店へと歩きだした。



照れている、はじめの表情に期待してしまう。

ねえお願い、私が好きだって言っても、困らないでね?









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