夏のあの日の事は、本当にただのひと夏の思い出になってしまったんだと思う。

しばらくはそわそわして、夜もなんだか寝付けなかったりしていたけれど、結局元の距離感に戻った気がする。


去年着ていたコートにまた袖を通して寒さに身体を震わせ、私は待ち合わせ場所に向かっていた。

秋が終わり、冬がはじまる。



episode17 "slow dance"



カフェの窓際でぼんやりと座っていた沖田くんに、後ろから「わっ!」と言ってみても、無反応で少し悔しかった。

「・・・遅いじゃない」

ちょっぴり元気の無さそうな彼の正面のソファに腰かけた。

二人の間に置かれたローテーブルの上には、きっと冷めきっているコーヒーが少しだけ残っている。

彼の座っているソファの後ろにはさっきまで鳴らされていただろうギターが無造作に立てかけられていた。

スタジオだとはじめが言っていたからきっとその帰りなんだろう。

「沖田くんが私を呼びだすの、初めてじゃない?」

見た目よりもふかふかのソファに少し驚いた。

「何、嫌だった?」

「・・・なんか、あんまり良い予感しないだけ」

「あはは、酷いなあ」

そう言いながら、好きなの頼んでいいよと、美味しそうな写真の載っているメニューを私に差し出した。

「・・・・・・それで?」

「ん?」

「話し、何?」

メニューの写真に迷いながら、私は沖田くんに早速切り出した。

遠慮したり、何か隠したりするような関係でもないし。




「・・・・・・年上って、どう思う?」

「・・・・・・は?」

美味しそうなパンケーキの写真から顔を上げ、沖田くんの質問の意図が全く分からず、聞き返すことしかできなかった。

進展しない私とはじめの関係に今度は誰かを紹介しようというのだろうか。

ちなみに沖田くんには、はじめに抱かれてしまった事を話してはいない。・・・さっき、何かを隠すような関係じゃないって言ったばっかりだけど。

「どう、って・・・どう答えて欲しいの?」

「有りか、無しか?」

腕を組んでソファに身体を預けた彼の、その瞳が何を言いたいのかやっぱり全く分からなかった。

「・・・・・・・・・あ、りじゃない?」



はじめは同学年だけれど、私の方が誕生日が早いから年下っちゃあ年下だ。

でも雰囲気、年下じゃなくて年上っぽいところもあるし?ていうかむしろ年上だと思っても全く不自然なんかじゃない。

そう、年上感が半端ない。



「有り?やっぱりそう?」

さっきまで元気のない表情をしていた彼の、表情が急に明るくなった。

別に、年上の誰かを私に紹介してくれたらくれたで、はじめの嫉妬を買えそうだから良いかなってちょっと思っ・・・・・・

「僕さ、今まで年下の子としか付き合った事無かったんだけど」

・・・・・・ん?

「大人の余裕って言うかさ、こう・・・可愛いともまた違う綺麗さって言うか」

・・・・・・はて?一体彼は・・・・・・

「お、沖田くん?」

一人で勝手に話を進める彼に何の話をしているのだろうかと聞いてみると、

「あれ、相談事があるって言ったでしょ?」

「や、急に年上って言うから!」

元気がなく見えた彼は、ただ自分の恋に悩んでいただけらしい。

なんだ、紹介でもされるのかと思った私ちょっと恥ずかしいじゃない。



一通り彼女への想いとかをぶちまけられた後で、思い出したように言った。

「なまえちゃんは、はじめくんとどうなの?」

「え、ど・・・どどどうって」

あまりに唐突に切り出すもんだから、思わず動揺して口に入れようとしたパンケーキがぽろりと落ちた。

「・・・・・・へえー」

「ま、まだ何も言ってないけど!?」

頬杖をついてニヤニヤと私を見る沖田くんのその何もかも見透かしたような余裕の表情が悔しい。

「一君もああいう性格だからね」

「な、なにが言いたいの」

「まあ、大事にされてるんだろうね」

「・・・・・・それ!!原田さんにも言われた!」



大事にしてるなら、どうして何も言ってくれないの?

思わせぶりに抱いた癖に、あれから私が触れようとすると、さらりとかわされるし。

かと思えばご飯のときは普通だし、買物だって一緒に行くし。

隣歩いてる時になんとなーく小指からませたらぎゅって手繋いでくれるし。何で・・・



「なまえちゃん・・・」

「え!?」

「心の声、だだ漏れだけど」

「はっ!?」

「ねえ、いつの話?」

なんて嬉しそうな顔してくれてんだこいつ・・・。

「・・・・・・今日は私が奢るから、聞かなかった事にして下さい」

「合宿の後かなあ・・・」

「う、ううっ・・・本当ドS・・・」



ごめん、はじめ。

沖田くんに、言ってしまいました。





はじめには絶対に言わないでと、念を押しておいた。

沖田くんは結構口が堅いから、きっと大丈夫だとは思うけど。

何より、私たちの事、上手くいくようにってずっと私の背中を押してきてくれた人だもん。

変な事にはならないと思う。




電車から降りて、冷たい風に身体を震わせた。

駅前のポスターにはもうクリスマスの文字が躍る。

ああ、そうだ。

クリスマスと、はじめの誕生日。

プレゼント、何にしようかな―――




アパートの電気がついていたのに驚いて、急いで階段を駆け上がった。

「ただいま!ごめんね、すぐごはん・・・・・・あれ、良い匂い」

「・・・・・・メールくらい、返信しろ」

「あ」

そう言えば、カフェに入ってからずっと携帯を見ていなかった。

相変わらず短文の彼からのメール。

「・・・・・・ごめんね?」

少しだけ、ムッとした表情の彼を覗きこんでみれば、ふい、と顔を逸らされた。

「総司と、会うと言っていたから大丈夫だろうとは思ったが」

呟くような小さな声で聞こえたその言葉に、「心配した?」とまた彼を追いかけた。





「・・・・・・しないわけがないだろう」




―――すっげぇ大事にしてると思うぜ?


―――大事にされてるんだろうね。



反芻される彼らの言葉に、少しだけ自信が出てきた。




大好きなあなたの顔が綻ぶくらい喜んでくれるプレゼントを贈ろう。







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