「どうした?」

「・・・・・・邪魔しないから、そばに居てもいい?」



部屋の扉が開いたのに気付いて、耳を塞いでいたヘッドフォンを外すと、枕を抱き締めたなまえがそう言った。

ちらりと部屋の時計を見ると、午前2時。

もともと自主制作で発売する予定だった音源は、正式リリースするために延期になったが、その発売日が決定し、急遽2ヵ月後からレコーディングに入る。

唐突ではあるが、出来る事なら完璧に仕上げたいと土方さんに少し時間を貰い、今まで作ってきた曲のアレンジ作業に集中していたところだった。



「あ、ああ・・・」


そう言ってやれば、照れた顔をして唇をきゅっと結んだ彼女。

その愛らしい表情に、ドキリと胸が高鳴って、慌ててパソコンのモニターに視線を戻した。




episode16 "眠りにつく頃"




彼女を抱いてから1ヶ月。

夏休みも疾うに終わり、2学期が始まっていた。

結局、あの日以来触れ合う事など無く、むしろバンドの事で頭がいっぱいだったせいもあり、彼女の事を考えている余裕もなかった。


というのは、ただの体の良い言い訳に過ぎないかも知れない。




逃げているのだ、俺は。




自分でも、分かっている。

おそらく彼女も、俺の事を好いてくれているとは思うが、最近になって、彼女を自分の物にしてしまった後のことをどうしても考えてしまう。



通じ合って、寄り添って。



一生二人で居られるのか、それとも、知らぬ間にこじれて、離れてしまうのか。




―――彼女を、失うのが怖い。




失う事になるくらいならば、このままの関係を続けていた方が、ずっと一緒に居られるのではと・・・



「気にしないで良いからね!」

「なまえ・・・・・・」

「私が居たいだけなの」



枕ごと膝を抱えてベッドの上に座っている彼女は、作業の手が止まっていた俺に、おそらく自分が来たせいで集中出来ないのではと思ったようだ。

確かに、考えていたのは彼女の事。一緒に居るとそればかり考えてしまう。



「いや、少し休憩する」

「・・・ごめんね?」

「あんたのせいではない。気付いたら6時間以上、ずっと作業していたようだ」


凝り固まった肩を解しながら、彼女の隣に座った。





「こんな時間まで起きているとは、珍しいな?」

「・・・・・・嫌な夢、見ちゃって」

「夢?」

「・・・・・・夢の中で目が覚めたら、何もないの。誰もいないの。走っても走っても、前に進まなくって、誰にも会えなくて。一人ぼっちの夢。

だからもしかして、はじめもどっか行っちゃってたらどうしようって。・・・考えたら怖くなって、顔みたくなった、それだけ」


ゆっくりと思い出しながら呟くように話すその不安そうな顔を見ていたら、思わず彼女の頭を肩に抱きよせていた。



「はじめ?」



「・・・・・・俺は、どこにも行かん。ここに居る。・・・あんたの・・・なまえの傍に、居る」


ゆっくりと、彼女の頭を撫でてやると、嬉しそうに身体をすりよせて来た。



「うん」



「だから・・・」



急に肩が軽くなったと思ったら、俺の立てていた膝によりかかり、腕を絡ませながら顔を覗き込んできた彼女。



「・・・・・・俺の、隣に居れば・・・良いだろう」



俺の瞳を捕えたのは真っ直ぐな彼女の瞳。

何も言わずにただ、ずっと俺の言葉の続きを待っているような気がして、視線を落とした。




「ここで良いから、寝ろ」


彼女の腕を解きながら、ベッドから立ち上がる。


「はじめ?」


少しだけ寂しそうに呼ばれた名前。



・・・・・・さっき、キスをするのは簡単だった。

見つめ合って、ゆっくりと近づいて、重ねるだけ。



「俺はまだ、作業が残っている故、片づけてしまう」

「・・・ん」

「終わったら・・・・・・不安な顔をさせぬよう、隣で寝るくらいは・・・してやる」



だが、嘘にならぬように。

ただ触れ合うだけの関係になるのは、お互いに望んでいる事ではないだろうから。



俺のこの想いが整理できるまで。


少しだけ、待っていて欲しい。







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