大学に入ってからすぐ、CDショップでのアルバイトが決まったと言っていた。

音楽に関われる仕事だからと、苦手そうな接客も頑張ってやっているみたい。

一回だけ、こっそりはじめが働いているところを見に行ったことがあるけど、見つかっちゃって、照れた顔で追い返されたっけ。

「エプロン、似合うね」なんて、真っ赤なはじめをからかいながら逃げるように店を出たのを覚えてる。




episode15 "夢の続きのようなもの"




「・・・おかえり」

改札を抜けてきたはじめが、ちょっとだけ、居心地の悪そうな、落ち着かない表情でこちらへ向かってきた。

「あ、ああ。待たせたか?」

「うん、すっごく」

「・・・すまない」

楽器を背負っていない彼は、ただの真面目な大学生にしか見えない。

しっかりと首元まで止められたボタンと、半袖からのぞく白い腕。

ワンショルダーのバッグを斜めに掛けているから、両の手はあいている。


改札からどんどん溢れてくる人の波をぼんやりと視界の端に捕えながら。

言うか、言うまいか。

心の中に溜めているその言葉を、音にする事がこんなに緊張するなんて。






「・・・だって、朝からずっと会いたかったの」






伸びた前髪からのぞく、その綺麗な藍の瞳を見つめながら。

どきどきと響く心臓の音が、頭にまで伝わってくる。

一瞬だけ驚いた表情を見せたはじめが、目を逸らした。



「・・・行くぞ」



まるで何も聞こえなかったみたいに、するりと私の横を通り抜けて歩き出した。




―――はじめ?




急に、周りの雑音が頭に響いてきた。



ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、もしかしてって思ってた。

私を抱いた事を後悔しているのかなって。

じゃなかったら、“すまない”なんて思わないでしょ?



あのメールだって、返信してくれなかった。

バイトから上がったらしい時間に“あと20分で着く”と、それだけ。

舞い上がってるのは私だけなのかな?私勘違いしてるのかな?

あなたも同じように私を、想ってくれてるって―――ねえ、何か言って?



「はじ・・・」



「なまえ、置いていくぞ」



「・・・え?」





突然の、あなたの温もり。


背を向けていたはじめが、ちらりと横目で私を確認すると、左手を伸ばして私の腕を引いた。


そのまま、するりと掌が合わされば、絡められた指先。



―――う、わ。




一気に、熱が集中した。






『ねえねえ、はじめは詞書かないの?沖田くんばっかりじゃない』

思い出したのは、高校生の時。

学園祭が終わって、家に帰る途中。繋いだ手をぶらぶらとさせながら、歩いていた。

『・・・言葉にするのは、得意ではない』

『やってみれば良いのに』

眉間に寄せた皺のせいで、綺麗な顔が台無しだな、なんて思いながら彼の顔を覗きこんだ。

『・・・・・・詞に関しては総司の方が優れている。故に、あいつに任せているのだ』

『ふーん』

『言葉は、読むほうが楽だ』

そう呟いて落としたため息を私はまだ覚えてる。





この、繋がれた手が言いたいのは、後悔なんかじゃないよね?

言葉にするのが苦手なあなたが、行為で示してるんだって思って良いよね?


私がアルバイト先を覗きに行ったその日。

ふてくされながらも、「追い返してすまなかった」と、私の大好きなイチゴショートをお土産に買ってきてくれた。

きっと、言葉と“何か”を結びつけないと、伝えられない不器用な人。




ぎゅ、と絡ませた掌から伝わる体温。

照れくさそうにしているあなたは、誤魔化すように話を切り出した。

「今晩の献立は決めているのか?」

横顔を見上げていた私は予想外の普通すぎる会話に驚いた。

「え?まだだけど・・・。とりあえず冷蔵庫が空っぽだからいろいろ買わないと。何食べたい?」

「あんたの飯なら、ハズレは無いからな」

やっと私の方を向いてくれたはじめの頬は夕焼けに染まっていて、けれどその色が何のせいであるのかは分からない。

優しく上がった口角に、やっぱりドキリとしてしまう。

「もう!そういう事はすらすら言えるのにね!」

「・・・どうした?」

「なんでもないっ!」

そのまま、す、と前へ戻った視線。






でも違ったのは、先程より強く、優しく握られた右手。







prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -