少しだけ、表情が硬い気がする。 黙ってこちらを見ているはじめが何を考えているのか分からない。 急に重なった唇に、嬉しくて涙が出そうになった。 だって、ずっとずっと、こうしたかったの。ちゃんと、触れて欲しかったの。 私を、ただの幼馴染じゃなくて、“異性”として、“女”として、見て欲しかったの。 これは、夢なんかじゃ、ないんだよね? あなたの、熱い吐息を初めて聴いた。 あなたの、喘ぐ声を初めて聴いた。 あなたの、感じる声を初めて聴いた。 あなたの、体温を、初めて感じた。 胸が張り裂けるだなんて、そんな想い。 好きで、好きでたまらない。 汗ばんだあなたの背中を思いっきり抱きしめた。 もっと、愛して欲しくて、あなたの名前を呼んだ。 「・・・はじめ」 それは特別で。 「なまえ」 episode14 "メールして" ―――なまえ。 「ん・・・・・・」 ぼんやりとした頭で、うっすらと開いた瞳が捕えたのは、見慣れた天井にぶら下がっている、見慣れないランプシェード。 ―――ああ、ここ・・・はじめの部屋だ。 「はじ・・・はじめ?」 隣に居ない彼の名前を呼んでも、返事など返ってくるわけがない。 むくりと身体を起こして、辺りを見回してみるが、ただただ、しんとした静寂に包まれていて。 窓越しに、かすかに聞こえる小鳥のさえずりだとか、車の音。 「あ。バイト、だっけ・・・?」 ぽりぽりと頭を掻きながら、自分が何も身に着けていない事に気付いて、急に恥ずかしくなってシーツを手繰り寄せた。 「・・・・・・っ・・・」 思い出した昨日の、熱。 「・・・・・・どうしよう・・・しちゃった・・・」 上気した頬を押さえると、自分の口角が上がっているのが分かる。 「・・・へ、へへへ」 すぅ、と息を吸い込むと、彼の匂いでいっぱい。 こんなに幸せだなんて――― ********** subject:おはよう from:斎藤一 夕方には帰る。 それから、昨夜はすまなかった。 ********** 着替え終えた私は、一時間ほど前の受信メールに突っ込みを入れた。 「謝るくらいなら、するな。・・・・・・ばか」 昨日、はじめと一つになったリビングのソファに腰かけて。 そう言いつつも、結局、ふにゃりと顔が緩んでしまう。 “幸せだったよ” “嬉しかったよ” “大好きだよ” なんて返信したら良いか、打っては消してを繰り返して。 出掛けててくれてよかったかもと、ひとつ、ため息。 だって、どんな顔しておはようって言える? 気付いたら、たかが数行に一時間以上悩んで、やっとの事で送信ボタンを押した。 ********** subject:Re:おはよう from:みょうじなまえ 駅に着く時間分かったらメールして。 一緒に、晩御飯の買い出し、行こう。 それから一個だけ、お願い。 会えたら、手繋いでくれる? ********** prev next |