―――ずっと以前から、好いている


遠く、ずっと遠くの方ではじめが何か、言ってる。




episode9 "素直になれそう"



「・・・う、ん・・・」


うっすらと目を開けて思い出した。そうだ、合宿についてきたんだっけ。

いつの間に眠ってしまったのだろうかと、仰向けの身体から寝がえりを打ってみれば、ふわりと香った知らない匂い。



―――?




目の前には、気持ち良さそうに眠っている、人。




え、人?




「っきゃああああああああ!!!!!」





ドサ!




「ってえ・・・!!何!?」







「なっ、なななななななんでっ!?どうして!?」




この、状況が理解できずに、私は目の前で眠っていた藤堂くんをベッドから突き落としてしまった。

どうして彼が目の前に居たの?

「なまえ!?」

私の悲鳴を聞きつけたらしいはじめと沖田くん達がばたばたと部屋に入ってきた。

「傑作だね・・・」

携帯のカメラでパシャリとその様子を撮影する沖田くん。

「う、っるせー・・・・・・つか、何が起こったわけ?」

隣のベッドとの間に見事にひっくり返っている藤堂くんの腕を引いて起こしてあげた。

「ご、ごご、ごめんね、びっくりしちゃって・・・」

「いや、良いって・・・俺何でここに」

彼は頭をさすりながら、現状を飲み込もうと必死で辺りを見回していた。

その後ろに無表情で立っていたはじめに、襟首を掴まれて一瞬凍ったみたいに固まってた。

「・・・・・・平、助・・・?」

「ちょ、はじめくん!・・・やめ・・・」

「言い訳等聞かん。来い」

「う、そ・・・なあ、俺何もしてねえって!部屋間違えただけだし!・・・っ総司!見てねえで助けろ!」

「あはははは」

ずるずると、引きずられていく藤堂くんをただ面白そうに眺めている沖田くん。

「・・・・・・」

ドキドキと、まだ心臓はうるさく響いている。

藤堂くんが目の前に居て驚いた事と、それから、はじめが怒っていた事。

「・・・平気?」

彼らが去った後、そのまま端っこで固まっていた私に声を掛けてきた沖田くんは、少しだけ距離を取ってベッドに腰かけた。

「・・・うん」

「そう」

「・・・・・・はじめが」

「ん?」

「ううん、やっぱいい」

「何?気になる」

「・・・・・・夢で、私の事、好きって言ってた」

手元にあった枕を、ギュッと抱きしめて、私は顔を隠した。

妙にリアルに残っている唇の感触に、夢だと思いながらもまだドキドキとしている。

「夢じゃ、無かったりして?」

「え・・・?」

そう言い残して、ニコ、と笑った彼はそのまま部屋を出ていった。

ふわふわの枕に顔を埋めたまま、私は火照った顔を冷ます方法を考えていた。





朝食を食べ終え、後片付けをしていた私に、はじめが声を掛けてきた。

「なまえ、その、少し良いだろうか」

「・・・・・・う、ん」

今日の練習は午後からだからと、少し外に出ようと誘われた。

15分程、何も話さずゆっくりと二人並んで歩いて居れば、木々が開けて、見えてきたのは大きな湖だった。

8月の日差しはもう真上に差しかかろうとしているけれど、緑が多いからか、暑さをそんなに感じる事は無かった。

澄んだ綺麗な水の色と、吹き抜ける風の涼しさに漏れるため息。

「・・・・・・今朝、目が覚めてしまい、散歩をしていたらここにたどり着いたのだ」

「きれい」

思わず、そうはじめに笑いかけてしまっていた。

湖の淵にしゃがみこんで、静かな水面に手を伸ばしてみる。

「気持ちいい・・・」

「その・・・先程、平助に怒られてな」

ちらりと、はじめの方を見やれば、気まずそうに目を泳がせていた。

「え?」

はじめが怒ったんじゃないの?




「・・・・・・そんなに、心配するくらいなら・・・自分で守れと」




ドキ、ドキ、ドキ・・・。





「合宿の話をした時も、なまえを守ると、約束していたが・・・今からでも、遅くはないだろうか」




こんな時に限って、夢でしたキスを、思い出してしまう。

ゆっくりと近づいてきた彼の香りと、重なった柔らかなその唇を。




この、火照った顔を見られたく無くて、しゃがんだまま、コクンと頷く事しかできなかった。


「・・・うん」







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