episode8 "GO ACTION"



自分でも、よくあんな嘘を咄嗟につけたもんだな、と感心する。

私たちが付き合うきっかけとなった彼らのワンマンライブは、結成1年を記念してのものだったと聞いていた。

「たった1年でここまで来れるって、すごくない?」そう嬉しそうに言っていた彼の笑顔を曇らせたくなかったのだ。

けれど、“彼氏と彼女”と言う関係性を自分自身の言葉で偽って、虚しくなって。

気付いたら泣いていた。

いくら歳を重ねても、悲しい時は涙があふれるし、誰かに甘えたいと思ったりもする。

でも、総司の前では上手く甘えられない自分が居る。

私が年上だから?彼が年下だから?

強がっていたいと思うのは、彼に嫌われたくないから。

心のどこかで、弱い自分を見せてしまったら彼が幻滅してしまうのではないかと思っている。

それが、素直になれない理由。

そばに居て欲しいとか、会いたいとか。

素直に口に出して甘えてしまえば楽になれるのかな。



『僕の前では頑張らなくて良いよ?弱いところも見せてほしい。甘えてもらってもいい』



そう言ってくれた言葉は忘れていないけど、でも、ずっとこうして生きてきて、今更変えろなんて言われてもすぐにはできない。

それに、彼に甘えてもらうのが心地いいと思うし、私が彼を愛したいと言ったのも本当。そこに何一つ嘘なんて無い。





「いらっしゃいませ・・・って、葵ちゃんじゃない。珍しいね」

「うん。近くまで来たからさ、寄ってみた」


・・・・・・ん?


何だか入口で親しげに話している二人が気になってちらりと見ると、相手は綺麗な顔した女の子だった。

―――友達、かな?

そわそわとしているのを悟られてなるものかと、またパソコンに視線を戻した。

「あっ!ちょうどいいや、紹介したい人がいるんだけど・・・」

そう聞こえた彼の言葉に、ビクリとしてしまう。


―――私に紹介する必要がある人?ただの友達じゃないの?・・・まさか元カノ?


だんだんと近づいてくる彼らの足音と会話。

総司は、カウンターに座っていた私の後ろ側に立ち、椅子の背もたれに手を掛けた。

「なまえ、ごめんね。今良い?こちら、僕の大好きな彼女、なまえさん」

返事も待たずに、その女の子に私を紹介する。

「あはは、本当にあの沖田くんが溺愛してる」

割とサバサバとしている彼女は、意外。失礼ながら、おしとやかそうに見えたのだ。

「はじめまして、葵です」

「ベースの一君の彼女ね」

「ちょっと!!それっ人に言われるとめっちゃ恥ずかしい!!やめて!」

真っ赤になった顔がとてもかわいらしくって、思わず笑ってしまった。

「はじめまして。みょうじなまえです」

私もそう自己紹介すると、ペコリと笑顔で一礼してくれた彼女。

「自分の彼女とメンバーの彼女が対面してるってなんかくすぐったいね」

そう言い残して彼は仕事に戻ってしまった。

「隣、良いですか?」

「もちろんっ!」

元カノじゃなくて良かった、と胸をなでおろしたが、正直、元カノを紹介するなんて普通そんな無謀な事するわけない。

そんな簡単な事も判断できないほど、彼女に嫉妬したんだ。それから多分、自信がないんだ。

「私、沖田くんとは高校の同級生なんです」

「ああ!そうなんだ!」

なるほど、さっきの二人の雰囲気も納得できる。

「で、ちょっと実際本人から聞きたいんですけど良いですか!?」

「えっ何でしょう・・・」

キラッキラしたその瞳は、私にものすごい期待をしているようで、拒否する事を許してくれなそうだった。

「はじめから、沖田くんの告白がすごかったって聞いたんですけど、言うのも恥ずかしいって教えてくれなくて!聞いていいですか!?」

そう言いながら、聞く気満々。やっぱり女の子はこういう話が好きなんだ。

可愛らしい彼女を見ていると、自然と顔が緩んでしまう。

「恥ずかしいからあんまり言いたくないんだけど・・・じゃあ、葵ちゃんの告白も聞かせてくれるなら!」

「えっ、や、やだあ!もうっ」

そうして赤くなった頬に両手を添えた彼女のそのしぐさが、やっぱり可愛い。

きっと、彼からされたであろう告白を思い出して照れているのだ。

「ちなみにいつから付き合ってるの?」

「さ、最近なんです・・・。ずっとはじめとは幼馴染だったんですけど。やっと半年たったくらいで」

「ええー!やだ、ちょっとそれ詳しく聞きたいっ」

結局、やっぱり恥ずかしいからと詳しい事は聞き出せなかった。

でもその代わり、沖田くんの話をたくさん教えてくれた。





所属していた剣道部にはあまり顔は出さないのに、大会はいつも出場して上位だった事。

授業もたいして真面目に聞いてないのに結構点数が良かった事。

とにかくモテていた事。3年の学園祭ライブの後がピークで、毎日告白をされていたらしい。

それから、特定の彼女が居なかったらしい事―――これはさすがに葵ちゃんでも詳しい事は知らないみたい。

でも、今大学2年生と言っていた葵ちゃんと同い年の総司も、2年前は高校生だったわけで。

2年前なんて私からしたらごくごく最近なんだけど。

「だからなまえさんを溺愛してる沖田くんが私信じられなくって」

失礼な話ですけど、と付け加えて彼女は言った。

「でも今日なまえさんと話して、すごく素敵な人だなって、思いました!沖田くんも惚れる訳だ」

「・・・葵ちゃんみたいに可愛い子に素敵だなんて言われると、照れるわ」

「今度、一緒にライブ行きましょうねっ」

「ああ、それすごい嬉しい!!是非っ」

そうして私たちはお互いに連絡先を交換した。

僕も混ぜてよ、なんてもう上がりらしい私服に着替えた総司が割って入ってきた。

「えー、だめ!じゃあ、私はじめを迎えに行くのでこれで」

「うん、ありがとうね、葵ちゃん!」




バイバイ、と手を振り合って彼女を見送った。

「僕らも帰ろ」

「うん」

「・・・ごめんね、仕事進まなかったんじゃない?」

「平気だよ。まだ期日まであるし」

「なんだ、良かった」

そうして私の手を引いていつもみたいに歩き出す。

「二人とも仲良くなってくれたみたいでホッとした」

「私こそ、ありがと。葵ちゃん、今度一緒にライブ行ってくれるって」

何も飾らずに無邪気に話していた彼女を見ていたら、私もちょっとだけ素直になってみようかな、って思えた。


今よりも距離が近くなってそうせざるを得ない状況ならば、素直に大好きだと、彼に甘える事が出来るだろうか。

・・・嘘。ただ単純に、本当はいつだって、一緒に居たいって思ってる。だから、




―――ねえ総司?一緒に住もうか。







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