episode5 "Heart Beat"



「みょうじさん・・・?」

曲を終えて彼女を見やると、肩を震わせて俯いていた。

ギターを置いて、彼女がたった一人でいる客席に向かう。

「み、みないでっ・・・」

ぐすぐすと、顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら泣いていた彼女の頭をそっとなでる。

「僕の前では頑張らなくて良いよ?弱いところも見せてほしい。甘えてもらってもいい。

こんな年下の僕じゃ頼りないかもしれないけど、それでも僕は、君と一緒に居たいと思ってる。

なまえ、僕は世界で一番、君を愛してる」

相変わらずぐすぐすと鼻をすすっている彼女は少し落ち着いたのか、一つ呼吸をすると

「私っ・・・本当はすごく寂しがりやで・・・」

「うん」

「面倒くさがりで」

「うん」

「今だって、こんな風に泣き虫だしっ」

「うん」

「もういい歳だけどっ」

ゆっくりと顔をあげて涙をぬぐうと、赤くなった瞳で僕を見つめて彼女は言った。





「総司が私を愛してくれるなら、私もあなたを愛したい」




ドクン心臓が跳ねるのと同時、無意識に君の唇にキスを落とした。

一瞬触れて離れると、二人の世界から一気に現実に引き戻された。




「総司!プロポーズじゃないんだからさー!」

「確かに決め過ぎだな」

「まあらしいっちゃらしいけどな〜」

「やっと終わったか。ったく、早くしろ!打ち上げ待たせてんだからな」

「土方さん、今日は総司参加しねぇよ」

「ボーカルが来なくてどうすんだよ!おい、行くぞ!」

みんな好き勝手言っちゃって・・・はあ。

「土方さん、すみません。僕別口で打ち上げたった今決まっちゃったんで、そっち欠席します」

「ちょっ・・・!?」

「いくよ、なまえ。離してなんてあげないから」

「わっ」

座っていた彼女の腕を引いて立ち上がらせる。

「出待ちしてるファンが居るかもしれないからさ、先に帰ってて?あとで君の家まで行くよ」

「う、打ち上げっ大事なんだったら顔くらい出しなよ?」

「・・・はあ、しょうがないな。分かった、じゃあちょっとだけね、挨拶だけしてくるから。本当はすぐにでも君を抱きたいんだけど?」

「さ、先にっ、帰ってるから!」

真っ赤にした顔を抑えながら言う君に、もう一度だけキスを落とす。



―――好きだよ



「バイバイっ」

早足で出口に向かった彼女を見送り、僕はみんなと打ち上げ会場に向かうべくギターを片づけた。





土方さんが用意した打ち上げ会場はまるでパーティー会場かと言うほどおしゃれなクラブだった。

「いやあ、沖田くん、今日のライブすごくよかったよ」

最初に声を掛けてきたのは名前も知らない、きっとまあ偉い人なんだろう。

覚えてなんかいないから、無理に思い出す事もしない。

「ありがとうございます」

にっこりと、接客業で鍛えた営業スマイルも役に立つもんだと笑って見せた。

「今度のアルバム、頼むよ〜」

ああそうか、レコード会社のお偉いさんか。

「任せてください」

「総司!ちょっといいか」

「はいっ、すみません、ではまた。今日は本当にありがとうございました」

そう言って名前も知らない人に握手をしながらペコリと一礼した。

土方さんに呼ばれて言ってみれば今度はレーベルの関係者。

(ああもう、いい加減にしてよ。こんなの続いたら萎えちゃうよ僕)

早く帰って君を抱きたいのに。

そんな事を考えながら笑顔を作れる自分が少しだけ怖かった。




「総司!」

「何?左之さん」

がしっと僕の肩に腕をまわしてきた彼は、こそっと耳打ちをしてきた。

「あとは俺らが何とかするから、お前さっさと帰ってやれって。あんまり待たせちゃ可愛そうだろ」

ふと腕時計に目を落とすとさっきから1時間も経過している。

「ほら、さっさと行けよ。俺らにまかせとけって!」

そうして僕の荷物を押しつけて、背中をポンとたたいてくれた。

持つべきものはメンバーか。

平助と一君にもごめんとペコリとしてみれば、さっさと行けよと追い払われた。



こそこそと店を抜けだして、ダッシュで駅前のタクシーに乗り込んだ。

急いでるんでと行き先を伝えて後部座席で息を整える。



ああ、君はどんな顔をして僕を待っていてくれるんだろう。

そわそわとシャワーでも浴びているんだろうか。

正座してベッドの上で待っているんだろうか。

それとも、待ちきれなくて不貞寝でもしているんだろうか。

どれも可愛いなと思いふっと笑みがこぼれてしまう。


ただの性欲処理なのに、相手が愛しい人だというだけでこんなにも緊張するものなのだろうか。

早く、早く、早く。

1秒だって無駄にしたくない。

君を抱きしめて、愛したい―――



タクシーを降りると、2度目の君のマンションへとたどり着いた。

慌てて電話を掛けると、

『も、もしもし・・・』

初めて電話越しに聞く君の声は、いつもより少しだけか細くて可愛かった。

「なまえごめん、遅くなって!」

『うん、大丈夫。お腹すいてない?』

「あ、何それ、行為中にお腹がなるとでも言いたいわけ?」

『ち、違うよ!』

「大丈夫だよ。さっきビール飲んできたらお腹膨れちゃったから」

『そう』

「すぐ行くね」

『うん』

電話を切ると、もう君の部屋の前。

ピンポン、とインターフォンを押すと驚いた君が顔をのぞかせた。

「は、早い!」

「だって会いたくて」

「もう」

そう言って、部屋に通してくれた君。

「あれ、シャワー浴びた?なまえ良い匂いする」

「う、うん・・・」

「僕も借りていい?」

「うん、いろいろ適当に使って」

「ありがと」

荷物をリビングに置かせてもらうと、渡されたタオルを持って浴室へ向かった。



本当は、玄関を開けてもらったらすぐにキスをしようと思っていたのに出来なくて。

それだけ僕は、君を大切に思っているんだって思い知らされた。

そして、すごく緊張してる―――








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