episode4 "a love song"



その日はバイト先のカフェが雑誌に掲載された翌日ということもあってか、いつもよりお客さんが多く大忙しだった。

「いらっしゃいませー」

「2人なんですけど・・・」

「すみません。只今満席で・・・こちらでお待ちいただけますか?」

「はいっ」

ミニスカートから覗く生足に少し意識を奪われながらも、彼女たちをウェイティングの椅子に座らせた。

ホールに戻ろうとした途端、また扉の開く音がして振り返る。

「うわ、めっちゃ混んでる・・・すみません、一人なんですけど」

見たところ、働きマン風の彼女は、おそらく20代後半から30代前半。

資料がたくさん詰め込まれただろう重そうな鞄を肩から下げていた。

「・・・えーっと、1名様でしたら・・・あの、お先にこちらのお客様ご案内しても大丈夫ですか?」

さっきのミニスカートの彼女たちに申し訳なさそうにお願いすると、あっさり「はい」と返事をしてくれた。

「こちらへ」

「ありがとうございます」

後ろをついてきた彼女は、先ほどのミニスカ女子にぺこりとお辞儀をしていた。

「カウンターのお席で申し訳ないんですけど」

「全然大丈夫です!むしろ嬉しいかも。あの、ブレンド下さい」

「かしこまりました」


お互い一目惚れをしたわけでもなければ、必要以上の会話をしたわけでもない。

本当に何でもないその出会いが、僕の気持ちを動かしたのはほんの数分後だった。


「すみませーん」

フロアのお客さんのオーダーは全て取り終えている。水のおかわりかなと、ピッチャーを持って声のする方へ向かうと、

さっきのウェイティングのミニスカ女子。

「あの、まだ・・・ですかぁ?」

膝の上に乗せたブランドものの大きな鞄をぎゅっと抱きしめながら、上目使いで聞いてくる彼女にちょっとだけ吐き気がした。

見たところ大学生。フリーターの僕からしたら、親の金で生活しているだろう奴にそんな風にされたところで、嬉しくもなんともない。むしろ萎えるしかない。

生足に意識が向いてしまったのは、ここ最近のご無沙汰のせいだ。

面倒だなと思いながら「申し訳ございません。具体的な時間までは・・・」と曖昧に答えている間にも「すみませーん」とホールからお声がかかる。

他のスタッフが対応してくれているからいいものの、ここで時間を取られたくはないのだ。

「えー、じゃあお兄さん話し相手してくれません?そしたらいくらでも待てるんだけどなぁ」


あー。もう。


「申し訳ございません、お待ちの貴女方をお席にご案内するためにも戻らないといけませんので」

ひきつった顔を上手い事隠しながら、失礼しますと一礼してホールに戻る。

その15分後くらいだろうか。

やっと面倒な彼女たちを席に案内して一息ついたと思ったら、また呼ばれた。

「お兄さんのおススメってどれですかぁ?」

「本日のお勧めでしたらあちらのボードに・・・」

「えー、お兄さんのおススメのやつがいいな」


あああ、もう。何の嫌がらせ!?

いや、これは仕事だ。仕事。仕事。落ち着け、僕。


「そうですね・・・」

笑顔は忘れずに。丁寧に答えてあげると彼女たちは、これはどういうやつですかとか、こっちもおいしそうだねとか

延々と僕に話を振り続ける。結局「じゃあせっかくだから、お兄さんのおススメにしよっかな」と言っていた。

本日何度目かの苛立ちを静めて、キッチンにオーダーを通す。

「沖田くん、店長が呼んでる」

「え?僕?」

同じホールスタッフの女の子に声を掛けられて店長のもとへ向かうと、大声で怒鳴られた。

忙しくてイライラしてるのは店長だけではないし、まして今はお客さんだって大勢いるのに。

「一組の客に時間掛け過ぎだろ!他の客だって待たせてんのに何考えてんだ!」

「すみません、その小言、後でいいですか?まだ忙し・・・」

「大体だな、お前のそういう態度が・・・」

「すみませーーーん!!!」

「お客さんが呼んでるので、失礼します」

ホールから大声で呼ばれ店長に一礼して急いで向かうと、あの1名様の働きマン。

「お待たせしました」

「・・・大丈夫?」

「えっ・・・」

「なんか、ホールまで丸聞こえで絞られてたから」

「あ・・・。すみませんでした」

「あはは、良いって良いって。それより、理不尽だねー君何も悪くないし、むしろすごい丁寧に頑張ってたのにね」

僕の苛立ちも彼女にはばれていたのかとため息をひとつついたところで

「はいこれ、あげる」

そう言われて両手を差し出してみれば、掌の上には可愛い包み紙の一粒のチョコレート。

「元気だしなよー。さて、じゃお会計お願いしてもいいかな?」

「は、はい」

先ほどの大荷物をまた鞄に入れ直して肩から下げると、僕より先にすたすたとレジへ向かって行った。


守ってあげたくなるだとか、可愛らしいとか、今までのそういうのとはまた違う。

彼女の僕への優しさと、周りへの気遣いと。それから大人の余裕にやられたんだ。

素敵な人だと震えた胸は、もう止まらなかった。

「520円です」

「はーい、ごちそうさま」

「あのっ」

「はい?」

「また懲りずに来てくれますか?」

「うん、今度はご飯、食べにくるね。がんばれ!」

おいしかったよ、なんて出ていく彼女の後姿を見えなくなるまで見つめていた。


帰り道に食べたもらったチョコレートは、今まで食べたどんなチョコよりも、甘くて温かくって、すぐに溶けてしまったけれど。

僕の気持ちはまだあの時のまま。


ちょっとずつ仲良くなって、名前も教えてもらって。

君を好きになったと言ってみても、冗談にしか捉えてもらえなくて。

どうしたらこの想いが伝わるんだろうって、ずっとずっと考えていた。

だから、本気で頑張っている僕を見てもらったら、君の気持ちも動いてくれるんじゃないかって思ってライブに誘ったんだ―――








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