定時きっかりに仕事を終えた私は、よく行く街の知らない道を歩いている。 私がステージに立つわけでもないのに、何日か前からドキドキとわくわくでなかなか寝付けなかった。 今から沖田くん・・・総司のライブに行くのだ。 あれから何度かメールで”総司”と打ってはみたものの、まだ実際、声に出して名前を呼んではいない。 今日顔を合わせたら、貴方をなんて呼ぼう。 episode3 "FUTURE" ”―――ライブ終わっても、ちゃんと待っててね?” そう囁いた彼は、きっと今日告白をしてくれる・・・はず。 既に想い合っている私たちの分かり切った結果の為に、彼は一体どんな告白をしてくれると言うのか。 両手いっぱいのバラの花束だとか、おそろいの指輪だとか、甘い甘い愛の言葉だとか。 どれも、彼に似合ってしまうけれど。でもきっと、そんな当たり前な事はしないと思う。 ドキドキしながら会場に着くと、やっぱり周りは若い女の子ばかり。 でも私が思い描いていたちょっと怖いイメージとは違って、みんなそれぞれ可愛く着飾っているのは、ライブをする彼らの為なのだろうか。 そう思ったら、余計に私がここに居るのは場違いな気がしてしまう。 「こんばんは、チケットお持ちですか?」 「はいっ」 受付にいた可愛い女の子が笑顔で迎えてくれた。 「あ、ご招待チケットですね」 手際良く処理をしていく彼女を見ながら、ちょっぴり胸が痛くなった。 普通は彼の年頃だと、こんな感じの年下の可愛い女の子を好きになるんじゃないのかな・・・。 そう思ってしまう私は、やっぱりどこか自信が無くて。 彼が日常にくれるふざけた「大好き」という言葉とか、不意に見せる照れた顔とか。 本当は誰にでもしてしまうんじゃないのかなって。 だったら別に、私じゃなくても良いんじゃないのかなって――― どうも、と彼女からチケットの半券を受け取って場内に入る。 思っていたよりも綺麗な会場内には、既にたくさんのお客さん、いや女の子しかいない・・・。 今か今かと彼らの登場を待っている女の子たちは、喋り方も、リアクションも、着ている服も、全てに於いてとにかく若い。 (あああ、やっぱり私場違いかも・・・) そう思いながら、どうにか自分が落ち着けそうな場所を探して、隅っこへ向かう。 ・・・壁になってしまいたい。本当にそれくらい違和感丸出しな気がしてならない。 ふと、奥へ目を向けると、どうやら関係者らしき人が挨拶をしているようだった。 「今日はありがとうございます」 「いやー、楽しみにしてましたよ」 「ここまでこれて一安心しました。本当手のかかるやつらで」 「ははは。でも最近ボーカルの・・・沖田くんでしたっけ?すこぶる調子がいいって各方面から聞いてますよ」 「最近やっと落ち着いてきて。自覚も出てきたと思います」 あの背の高いイケメンさんはマネージャーさんなのかな?沖田くんの話ししてる・・・。 聞き耳を立てていたところで、ふっと落ちた客電。ステージの照明も全部消えて真っ暗になった。 ざわめく会場内。 瞬間、照らし出されたステージには、人影。 ―――沖田くんだ。 途端、聞いたことないくらい大きな音が両スピーカーからあふれ出す。上がる歓声、鳴り出した音に鳥肌が立った。 そこに立ってるのは私の知らない沖田くん。 初めて聴く歌声も、ギターの音も。普段あんなにふざけている彼から想像なんて出来なかった。 自信満々で言う通り、ステージに立つ彼に惚れないわけがない。 こんなに心臓が跳ねるのは、初めてだった。体中に響く音楽が心地よくてたまらない。ずっとここに、溺れて居たいと思った。 1曲を終えたところで、拍手とともに会場内からメンバーの名前を呼ぶ声や、黄色い声援が飛び交う。 『ありがとうございます』 マイク越しに聞く、彼の喋り声が全身に響いてくすぐったい。 そのままアコギに持ち替えて、2曲目へ。 ロックな1曲目とは変わって、ポップなサウンド。 ”―――僕さ、歌詞も自分で書いてるんだよ” そんなこと、言ってたっけ。 普段の彼を知っている私にしてみれば、必死で言葉を紡いでいる彼が何だか微笑ましい。 『みんな今日はありがとね。楽しんでもらえた?・・・じゃ、最後の曲』 のんびりとしたMCの後。まだ終わってほしくない「えー」の声がステージへ向けられるが、有無を言わさず落ちる照明。 イントロで湧き立つ場内。きっとライブではお馴染みの曲なんだろう。 ノリノリのお客さんとは正反対に、どうしてか客観視してしまう私。 普段の彼を知っているから?それとも、この後の事で頭がいっぱい? 違う。素直になりたくないだけ。 受付の彼女や、ファンの子達みたいに可愛くなんてない自分は、無意識に境界線を作っている。 ここから、そっちに行ったらきっと楽しいのに。でも、私にはそれは出来ない。 うらやましいなと思いつつも、どこかで壁を作ってしまう。 沖田くんの甘い声も、紡がれた言葉も、かき鳴らすギターも、正直全部かっこよかった。 それは素直に言ってあげたいかな。 ライブが終わると、口々に「あそこかっこよかったよね」とか「目があっちゃった」とか楽しそうに会場を後にするお客さん達。 一方、私はというと、待っていてと言われたからには待っていなくてはいけないと思うんだけど・・・でもどこで? きょろきょろと、居心地悪くあたりを見回してみると、さっきの受付の女の子に話しかけられた。 「あの、もしかしてみょうじさんですか?」 「ええ?はい、そうですけど・・・」 まさか私の名前を呼ばれるとは思わなくて、びくりとしてしまう。 「やっぱりー!受付で話した時そんな気がしたんですよね」 他のお客さんと違うオーラがやっぱり出ていたんだと、少ししょんぼりしていると 「だって、みょうじさん落ち着いてますし、それに大人な女性で、沖田さんが惚れるならこんな人だろうなって思ったんですよ」 ん?ちょっと待て。 「惚れるって?」 「あはは、今日沖田さんみんなに言いふらしてたので・・・って、違うんです、私沖田さんに頼まれてて!」 「え?」 なんかさらっとすごい事を言われた気がするんだけど? こっちです、と腕を引かれて連れてこられたのは彼らの楽屋だった。 「失礼します!みなさんお疲れさまでした〜」 受付の女の子は中からの返事も待たずに扉を開けた。 そこには、さっきまでステージに立っていたメンバーと、始まる前に見かけたマネージャーさんらしき人。 沖田くんはと言うと、一つしかないソファにぐったりと横になっていた。 「沖田さーん!」 「・・・なに千鶴ちゃん。僕今すっごい疲れてるんだけど」 「何って、せっかくお連れしたのに、ねえ?みょうじさん?」 「え・・・わ、わ!!みょうじさんだ!本当に来てくれてる!ね、本物!?」 がばっとソファから起き上がると、私に駆け寄ってきた。 さっきまで会場を沸かせていた彼が、急にいつもの沖田くんになっていた。 きゅっと私の手を握り、嬉しそうにするその表情は可愛いときのやつ。 「・・・あのね・・・」 さすがにみんなに見られているこの状況、呆れる事しかできない。 「千鶴ちゃん!お客さん全員ハケたら教えてね!」 「はい、分かりました!」 私の手を握ったまま、千鶴ちゃんというらしい受付の女の子に指示を出し私を強引に隣に座らせた。 ―――なるほどね。ちょっと分かっちゃったかも。 彼がどう告白をしてれるのか。終わってもちゃんと待っててねといった理由が。 でも、とりあえずそれは知らないふりをしておこう。 「へえ、これが総司の彼女かぁ」 ドラムを担当していた彼、メンバー紹介では確かサノさんって言われてたっけ。 舐めるように頭からつま先まで見られて、ちょっと恥ずかしい。 「左之さん?嫌らしい目で見ないでくれる?」 「おっと、悪ぃ。ついな、つい」 「そうだよ左之さん!いつもそうやって女の子見てさ。そんなんだから簡単にファン食っちゃうんだよ」 え、え!? キーボードを担当していた平助くんはふてくされた顔で、さらりと言う。 聞いちゃいけないんじゃないかと思わず耳を塞ぎそうになった。 「平助、それは今ここで言うべきことではないだろう」 「原田ぁ!てめえまたか!?ファンを増やすなら良いが泣かせて減らしてんじゃねえぞ」 てきぱきと片づけを進めていたマネージャーさんらしき人が、メンバーの会話を聞きつけて割り込んで来た。 「土方さん、それはそれで語弊が・・・」 そして先ほどから的確に突っ込みを入れているのが、ベースのはじめ君。 「お、沖田さーん!お待たせしました!OKですっ」 「ありがと千鶴ちゃん。さ、みょうじさんはこちらへ」 騒がしかった楽屋から連れ出されて来てみれば、さっきの熱気など感じさせない程静まった客席。 そのド真ん中には椅子が1脚。 ―――ああ、やっぱり。 さあ、どうぞ?と背もたれに手を添えて、私を座らせる。 「あの、沖田くん・・・」 「いいからいいから!」 そうして再び楽屋へ戻って行く沖田くん。 彼の後ろ姿が見えなくなった途端、またさっきみたいに真っ暗に、全て落とされた照明。 すると、ふっとステージにスポットが当たる。 そこにはアコギを片手にマイクの前に立っている沖田くん。 『みょうじさん、今日は来てくれてありがとう。あなたの為に、1曲歌わせて下さい』 そしてスピーカーから聞こえてくる、しっとりとした曲調のやわらかいアコギの音と彼の歌声。 ここまでしなくていいのに、と思いながら嬉しくて泣きそうな自分がいる。 それは私と沖田くんの出会いの歌だった―――― prev next |