「・・・・・・葵ちゃん?」

「わっ、・・・あれ、沖田くん?珍しい」

はじめくんの働いている店に遊びに来てみれば、出たばかりのCDを試聴している後ろ姿が間違いなく彼女だと声をかけた。

彼女はというと、眼鏡をかけた僕に一瞬不審がりながらもすぐに気づいてくれて、つけていたヘッドフォンを外した。

なにを聞いているのかな、と覗き込めば、最近人気が出始めたという新人バンド。

・・・僕らだって、すぐに―――

「あれ、嫉妬してる?やだなー、どんな感じか聞いてただけだよ」

じっとCDのジャケットを見つめていた僕に、彼女は肩を揺らして笑いながら“全然良さがわからない”とそう言った。

きっと僕の考えていることがわかったんだろう。本当にこの子は、一君に似ている。

「・・・・・・ところで一君は?」

今日は練習の予定もないから絶対にここにいると思って来てみたが、彼女のそばにも、ぐるりと見渡した店内にもあのエプロン姿の一君がいないと彼女に聞いてみた。

周りをきょろきょろとした彼女は、ほんの少し眉を寄せ、口元に手を添えて小声でこう言った。




「最近、ファンの子が多くて、スタッフルームにこもって仕事してるんだよね」




―――ちょっと待って、それって、もしかして、僕のせい?




episode20 "くちばしにチェリー"





「・・・・・・ねえ一君」

「関係者以外立入禁止のはずだが」

後ろから声をかければ、パソコンで何か作業をしている一君がこちらを振り向きもせずいつもの口調で答えた。

山積みのCDと、宣伝用ポスターの山。よくあの一君が落ち着いて仕事をできるなと少し感心した。

・・・僕が働いていたカフェのスタッフルームの方がまだ綺麗な気がする。

「うん、レジのお姉さんに言ったら、僕関係者で良いって」

「・・・・・・」

肩を落とした一君が椅子に座ったまま、くるりとこちらに身体を向けた。

「お疲れ様」

「俺は今忙しいことくらい見れば分かるだろう」

「・・・・・・どうせそろそろ上がる時間で、葵ちゃんが待ってるから早く終わらせたいだけなんでしょ?」

「・・・っ、」

ほら、図星。赤くなっちゃって。



・・・正直なところ、二人の関係が羨ましい。

昔からずっとお互いを知っていて、隠すことなんて一つもなくて―――本人たちはどうか知らないけど―――なんの閊えもなく好きだと言い合えるその関係。

もちろん僕はなまえのことをちゃんと好きだと思っているけれど、だからこそ、言えなくて。

今までなんてこんな風に悩んだことなかった。誰かを好きだと、心から思うようになったのも、彼女が初めてなんだ。

だから、どうしても、壊したくなくて、守りたくて。

ずっと、そばにいて欲しくて。

離したくなくて。



「何しに来た」

「うわ、冷たい。ごめんって、すぐ帰るよ。・・・・・・あのさ、」







『最近、ファンの子が多くて・・・』




・・・・・・それは、僕のせい?


だとしたら、バイト探してるなんて、どの口が言えるだろう。




「・・・・・・明日、何時入りだっけ」

「・・・総司」

「何?」

「いや、あんたが言わぬというならそれで構わん」

「ねえ一君・・・・・・僕ってさ、優しいでしょ」

「ならばその優しさで、俺に少し時間をくれ。あと10分で帰れる、葵と待っていろ」


・・・・・・優しいのは一君の方だ。


「・・・うん」








「・・・・・・辞めた?」

一君がバイトを終えるのを待って、なぜだか僕まで一緒にスーパーに買出しに行って二人の家にやって来た。

ご飯は葵ちゃんが今作ってくれている。手際の良い彼女のまな板を叩く音が、なまえと少し重なる。

葵ちゃんが料理をしているのをぼんやりと見つめながら、僕はダイニングテーブルではじめくんと向かい合って話していた。

何から話せばいいのかわからなくて、僕が今日一君を訪ねた理由をとりあえず話しておこうと、カフェを辞めたことだけを伝えた。

「え、沖田くん辞めちゃったの?あのカフェわたしも好きだったのに」

「葵ちゃん、別にカフェは無くならないよ?」

残念そうに言った彼女にそう伝えれば、一君が急に真剣な顔をした。

「何故辞めたのだ」

「・・・だから、バイト探してるんだよ」

「答えになっていないだろう」

一君に、言っても良いだろうか。

ファンの子と問題を起こしただなんて。

・・・僕を責めるだろうか。

中途半端に優しくしていた僕が悪いと、僕を。

「総司」

「聞こえてる、うん、ちゃんと聞いてる・・・・・・ちょっと、待って―――あ、ごめん」

テーブルに肘をついて、頭を抱えた瞬間に、携帯が震えた。

メールはもちろん彼女から。

ああ、しまった、何も言わずにこんな時間まで・・・。



“ご飯、いらない?”



心配、しているんだろうか。それとも、怒っているんだろうか。

けれど、たったその一文に、僕は彼女が寂しがっている気がして立ち上がった。

この腕の中にしっかりと抱きしめてあげなくてはいけないと。


「ごめん、僕帰らないと」

「総司?」

「一君、明日の入り時間、何時だっけ」

「・・・・・・10時だ。遅れるな」

「ありがとう」

一君には今度ちゃんと時間を作って言おう。

彼が僕を責めるなんてこと、歌詞を忘れたときくらいしかないんだから。





“いる!”






僕はそれだけ返信をして、急いで君が待つ家に向かった。

・・・ちゃんと言えるかはわからない。

一君と葵ちゃんみたいに、ずっと長いこといるわけじゃないし、お互いの事をすごくすごく知っているわけでもないけど。

多分、隠しているその事に僕はすごく不安でたまらなくて、それが彼女をきっと心配させて、様子がおかしいなって多分思っているはずなのに何も聞いてこないのは、僕のことを信じていてくれてるからだって、そうだよね?



ねえ、なまえ、待ってて。








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