仕事帰り、総司居るかな、なんて久しぶりにカフェに寄っただけだった。 一緒に帰れたらいいなって思った、だけだった。 それなのに、お店の中を見渡しても彼の姿が一向に見えないから、休憩中なのかとコーヒーを運んできてくれたスタッフの女の子に声を掛けた。 episode19 "A LIE" 「え、ちょっと待って、今、何て・・・・・・?」 いつも注文するブレンドコーヒー。 コトリ、と私の前に置かれたそれに手を伸ばしかけた時だった。 質問の答えを言いかけた彼女が慌てて口元を抑えた。 「・・・・・・あ、えっと・・・ごめんなさい!き、聞かなかったことに・・・」 「総司が、辞めたって聞こえたんだけど」 誤魔化されたところで簡単に“はいそうですか”、なんて受け入れられる事実ではなかった。 バツが悪そうに視線を彷徨わせている彼女の顔をじっと見つめると、今にも泣き出してしまいそうなくらい不安そうな顔で、ぎゅっとトレーを抱きしめていた。 悪気があったわけじゃないことくらいわかるけれど、否定しないということは、そういうことなんだろう。 シフトの融通がきくからと始めたこのカフェの仕事を、総司は間違いなく気に入っていたし、何よりここは、私と総司の出会いの場所で、たくさん思い出だって詰まってる。 それが、なんの相談もなしに彼の中で終わってしまっていることが悲しくて。 私が知らないことを、きっと彼女は知らなくて、言いかけて気がついたそのことに、多分すごく動揺してるんだと思う。 けれど、目を逸らさずにじっと答えを待っている私の剣幕に気圧された彼女は、観念して口を開いた。 「辞めた・・・っていうか、ちょっとした事情があって、辞めざるを得なかったというか・・・」 視線を足元に落としたまま、小さな声でつぶやくように言った。 彼女を責めたって仕方がないし、私は一つため息をつくと、背もたれに寄りかかって、コーヒーのカップに手を伸ばした。 「そりゃ何の理由もなしに辞めるとは思わないけど・・・・・・そっか・・・・・・そっか」 「ごめんなさい・・・なんか・・・」 「ううん、あなたは悪くないでしょう?それより、私が辞めたの知ってること、総司には言わないで?ちゃんと、彼の口から理由も聞きたいから」 「・・・わかり、ました・・・」 「ひとつだけ聞いてもいい?」 「はい?」 「いつ、辞めたのかな」 「・・・・・・2週間前、くらいだったと」 「・・・・・・ありがとう」 ぺこりと頭を下げて去っていった彼女の気配がなくなってから、私は大きなため息をついた。 いつものブレンドコーヒー、こんな味だったっけ、とぼんやりしながら、気がついたら飲み干していた。 多分、総司も思うところはいっぱいあって、きっと私に心配を掛けたくないとか思ってるに違いない。 その優しさは嬉しいけれど、相談くらいして欲しかった。 ・・・・・・違うか、相談できるくらい私、信頼されてないのかな?私じゃ頼りないのかな。 「・・・・・・寒、」 カフェを後にして、外の寒さに思わず体を震わせた。 マンションについて玄関を開けると、部屋の中が明るい。 ・・・・・・どう、しよう。 スーパーで買出しをしながら、総司に会ったらなんて言おうかってずっと考えてた。 “どうしてやめたの?” なんて、そんな直接的に聞けるわけなんてないし、何より総司の口からちゃんと言って欲しいから、私は彼が話しやすい環境を作らなくてはいけないんだと思う。 「ただいまー」 リビングの扉を開けると、ソファに座ってギターを抱えている総司が「おかえり」と言って微笑んだ。 「今日カフェ寄ったんだけど、総司お休みだったんだね?」 買い物袋をキッチンにドサりと降ろして、冷蔵庫を開けながらそう声を掛けてみた。 「えっ・・・・・・あ、うん」 総司が、嘘をついた。 ぎこちない、といえばそうだと思うけど。す、と逸らされた視線は、テーブルの上に落とされた。 嘘が100パーセント悪いだなんて、思わない。時に必要な嘘だってあるし、大切な嘘だってある。 大事な何かを隠し通すためだとか、傷つけないための嘘だとか。 それでもやっぱり、事実を知ってしまった私にとってそれはたまらなく悲しかった。 ぱたりと冷蔵庫を閉じて、総司の隣に腰掛けた。 「曲、作ってたんだね。ねえ、見てもいい?」 「・・・・・・うん」 どうすれば、打ち明けてくれるだろうか。 例えば、彼の名前を囁いて、抱きしめてキスをして、本当のことを話してと強請っても、意味なんてないから。 彼にかける言葉を、選んでしまう自分がいる。 どう言ったら傷つけないんだろうかと、怒らせないだろうかと。 彼の書きかけの歌詞を読みながら、一生懸命、考えて――― ああ、私、彼に気を遣っているんだろうか。 prev next |