たくさん、歌詞を書いて歌も歌ってきた。

ほかのアーティストの音楽も聞いてきたし、一君に勧められて、いろんな本も読んだ。

けれど、彼女の言っている言葉の意味がまったくわからなくて、聞き返すことしかできない。



episode16 "サイコアナルシス"



彼女の話を聞いていると、本当に悪意があるわけではなくて、ただ単に僕が悪かったんだなって言うこと。

でもそんなの、正直どうしようもない。

自分が好意を持っている相手に、同じ想いを返してくれることを望んだとしても、その確率なんてたかが知れてる。

お互いの思いが通じ合う奇跡を、僕はなまえと付き合うことが出来てやっと感じることができたんだ。

「ごめん、それってどういう意味?」

瞬きをすれば今にも零れてしまいそうなほど瞳を潤ませて、僕を見つめる彼女の表情から思いなんて読み取ることはできない。

「ソウジの、一番が良いの。そうじゃないなら、意味がないの」

「・・・・・・嫌いの、一番ってこと?」

コクリ、とうなづいた彼女が、顔を上げることをしてはくれなかった。

それはきっと、溢れた涙を隠したかったから、なんだろうと思う。

「中途半端で忘れられる存在になんてなりたくない。だから、あなたが私を一番憎んで、人生で一番こいつが嫌いだって、思ってくれたら、

“ああ、あいつ、忘れたいけど忘れられないくらい大嫌いだ”って、私のことを思い出してくれると思うから・・・だから。

そうしたら、私、ソウジの中にずっと居られるでしょう?」

正直、彼女のこんな気持ちを聞かされて、僕は心から彼女を憎むことをできるわけなんてないって思った。

こんなに想ってくれているのに、僕はどうして彼女のことを“好き”になってあげられなかったのだろうかと、後悔するほどに。

ああ、もしかして、この後悔が何度か感じた罪悪感とイコールなのか。




「・・・僕は、君が嫌いだ」



なまえ以外の誰かに、優しくしようとか最近あまり思わなかったけれど。

彼女の言う、“僕の一番嫌いな人”にしてあげる事は出来そうもないけど。




「大嫌いだよ」




それならば、彼女の、僕への想いが消えるまで、彼女がこれ以上苦しまなくて良いように、そうだな、こんな風に嘘をつこうなんて思った事無かった。



「顔も見たくない」



嫌いだなんて思う事はたぶん出来ないけど、彼女を心の底から可哀想だと、哀れに思ってしまうこの感情はどうしたらいい。

これは一生、僕の心に刻まれることになるんだろうか。

泣き崩れた彼女の、すすり泣く声が、耳に残ってしまうんだろうか。



いつか、僕よりも好きだと思える人に出会えることを、心から祈ってる。



「・・・ありがと、ソウジ」



僕の耳に届いたかすれた声が間違いでは無ければ、彼女は僕に感謝を述べている。

お礼を言われるようなことなんて、何一つしてあげられていないのに。




「・・・・・・」




ここで“ごめんね”と言ってしまえば、僕のついた嘘の意味が無くなってしまうと、慌てて探してでた言葉。





「・・・どういたしまして。気が済んだ?さっさと僕の前から消えてくれない?」



僕って、こんなに冷たい言葉が言えるのかと、自分で少し、恐くなった。


去り際の彼女の、ひくつく肩も、泣き声も。

僕は何だか見送らなきゃいけない気がして、彼女の存在が消えるまで、ぼんやりと薄暗い夜道を眺めていた。








「ただいま」

「おかえり〜」

いつも通り彼女の返事が返ってきて、こんなにも嬉しいと思うなんて。

おいしそうな匂いに誘われて、僕はキッチンに立つ彼女を後ろからぎゅうと抱き締めた。

「ちょっと、どうしたの?」

「ただいま」

「・・・変なの、おかえりって、言ったじゃない」

「好きだよ、なまえ」

頬にキスを一つ。

それから、彼女の頬に、自分の頬を重ねて、手元の鍋に目をやれば、優しい色の、クリームシチュー。

「美味しそうだね」

「うん、絶対美味しい」

「なまえ、なまえ・・・」

「なあに?どうしたの?」

「君と愛し合いたい」

「そっ・・・・・・なに。急に・・・ちょっ、危ないってば、もう!」

ペチ、と彼女に触れようとした僕の手はあっけなく払われてしまった。

「ご飯が、先ね・・・?」

恥ずかしそうに頬を染めて、僕を見つめる彼女にどきりとする。

こんなに僕の心を温かくしてくれるのは、君だけだよ。

冷たくなってしまった僕の心は、君じゃなきゃ、溶かせない。

この想いが本物なんだって、感じさせて。


大好きな君を、感じさせて。


飽きれるくらい、君が愛しい。








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