あれはいつだったか。

ライブを終え、一君が精算を終えるのを入口で待っていようと、三人で階段を上った。

確かまだ、初夏の匂いがする午前0時の少し前。

階段を上り切る前に、僕の姿を見つけたらしいファンの子に声をかけられた。

「ソウジ!」

セットチェンジの合間とか、スタートまでの時間とか。

いつも僕の姿を見つけては寄ってくるこの子の顔は覚えていた。

「あれ、どうしたの、こんな時間まで」

「えへへ、待ってた」

「女の子が夜遅くに危ないでしょ」

「・・・あのさ・・・、話があるんだけど、良い?」

僕の後ろに居た二人にチラリと視線を送った彼女が何を言わんとしているのかをすぐに察した左之さんが、僕の肩をぽんと叩いて、駅で待ってると外に出た。

わけが分からないという顔をしながらも、平助が小走りで左之さんについていったのを確認して、僕は彼女に視線を戻した。

「・・・なに?」



ライブハウスに出るようになって、“1人”の重さを知った。

それから、高校の学園祭で出たライブは本当にただのお遊びの空間だと思い知らされた。

僕らを知る友人だとかクラスメイトが面白半分でチヤホヤしてくれていたから、あんなに盛り上がる空間になっていたんだ。

ライブハウスにも友人を呼ぶことは出来るけど、それじゃあ意味がないと一君が言っていた。僕だってもちろん、そう思ってる。

今の4人のメンバーになって、最初のミーティングで、一君に聞かれた。

『これから先、何年後、どうして、どうなっていきたいのか』

正直具体的になんて答えられなかった。

僕らの作る音楽を聞いてくれる人がいて、それがじわりと浸透して行けば、きっと自然と大きくなれるだろうと思っていた。

真面目すぎる彼の言葉に、気づかされた。

“好き”でどうにかなる問題じゃないんだって。



今僕の目の前でこうして、頬を染めている彼女は、僕らの音楽を好きでライブに来てくれているのか、それとも。

「ソウジ、あのね」

言い出そうとしている言葉がなかなか出てこないらしく、えっと、とか、あの・・・とか、そればかり。

なのに、目を逸らそうとしないのはどうしてだろう。

僕と彼女の間には、一枚見えないフィルターがかかっている気がして仕方がない。

例えばそれは、テレビの向こうにいる憧れの人を見つめるみたいなのに似ている気がするんだ。

すぅ、と息を吸い込んだ彼女の、肩が少し揺れた。



「私、ソウジのことが好き」



―――それとも、僕が好きだから、僕の音楽を聴くのか。



潤んだ瞳に、街灯の明かりが映りこんできれいだなとほんの少し思った。

「・・・ありがとう」

僕は、彼女がぶつけてくれた思いを、真剣に受け止めることをしなかった。

今まで、告白された子に断ってきたみたいに、バッサリと言ってしまえばきっと彼女は傷ついて、ライブにも来てくれなくなるかもしれない。

それは、困る。・・・結局そんなの僕の勝手な都合でしかないんだ。だから“ごめん”は言いたくなかった。




「でも、ファンの子とは付き合えない」

「・・・私、ソウジのためだったら何だってするよ?ファンがダメなら、ファンやめても良いもん。ソウジの傍に居たい」

「別に僕はなにかして欲しいわけでもないし、君にファンをやめてもらいたいなんて思ってないよ」

「でも、私・・・」

「だからさ、ファンとして、これからも僕の傍に居てくれないかな」



そう告げたあと、彼女の顔がほころんだのを見て、少しだけ罪悪感を感じた。

今まで告白を断っても、何とも思わなかったのに。



「ソウジ」

「ん?」

「次のライブも、頑張ってね」

「ありがとう。楽しみにしてて」

「じゃあ・・・ばいばい」

「うん」



小さく、手を振った彼女が駅へ向かって歩きだした背中を見送った。



「口が上手いな」

「あれ、一君、精算終わったの?」

「・・・立ち聞きをするつもりなど無かったのだが」

「あはは、ごめんごめん。別に聞かれて困るような話をしていたわけでもないよ」


やれやれと、呆れたようなため息をついた一君の後ろについて、二人が待ってる駅へ向かった。


僕らの音楽が好きでも、僕が好きでも、理由なんかどっちだって、“ファン”でいてくれるなら、良いんじゃないかって思ってしまった。



episode15 "かつて..。"



「・・・っ、痛い、ソウジ」

僕を好きだと言ったこの子の腕を捻りあげている僕は、少しオカシイんだろうなと、どこか客観的に見ている自分の頭の中でそう思った。

「ねえ、君はどうすれば気が済むの?」

「離してっ・・・」

このままでは本当に、痛いじゃすまないことをしてしまうかもしれないと、僕は掴んでいた腕を緩めた。




「・・・こんなことされても、君はまだ僕を好きだって思う?」




痣にでもなってしまいそうなくらい、力を入れて握られた腕をさすっていた彼女が、泣きそうな顔で僕を見上げた。





「好き・・・、好きだよ」




あの日輝いていた瞳とは違って、自分を可愛そうだと思っているその、自分を哀れむような瞳は少しも綺麗だと思わなかった。

「本当は、わかってた。告白した日に、遠まわしに断られてるの、わかってたよ?私もそんなにバカじゃないし」

平助と左之さんに駅ですれ違ったらしいけれど、泣いている顔は見られたくないと気づかないふりをして改札をくぐったらしい。

「でもソウジが良いって言ったから、私、ファンとしてあなたを支えたいって思った。傍に居ようって思えたの。

・・・なのに、彼女と楽しそうに手つないで歩いてるの見て、泣きたくなった。あなたの傍に居るのは、居ていいのは私なのにって。

ねえ、わかる?中途半端でいることの辛さが」

自らを嘲る、その紡がれていく言葉に僕は何も言えなかった。

あの時感じた罪悪感がまた蘇る。

「・・・別にあなたの彼女に仕返ししたり嫌がらせしたいなんて思ってないよ。

ただ、ソウジにこっちを向いて欲しかったの。私に気づいて欲しかったの。

最近ライブが終わっても会えないし、傍にいること、忘れられてたらどうしようって思って」



涙を孕んで揺れた瞳が、まっすぐに僕を捉えて言った。





「好きになってくれないなら、私のこと、あなたの“大嫌いな人”にして」









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