暗がりの道を、ぼんやりと歩きながら、なまえになんて言ったら心配をかけずに済むかと考えていた。

新しいバイトを探すのか、いっそ音楽に賭けてみるのか。



episode14 "憐れみのプレリュード"



「あれ、沖田くん?一人なの珍しいね」

「僕もたまには一人で練習しようかなって思うことくらいありますよ」

告げられた解雇に、苛立ちを静めようとスタジオにやってきたのだ。

「ストラト、その赤いやつ貸して下さい」

馴染みの店の店主は、ギターすら持ってきていない僕に特に何も聞かなかった。

「・・・楽器代はまけておくよ」

ペコリと軽く頭を下げて、防音扉を開ける。

アンプの電源を入れて、きちんとチューニングされている、使い古されたギターの音を確かめた。

「やっぱり、自分のギター取りに戻れば良かった」

同じ型のギターでも、手の馴染み方が全く違う。

壁に設置されている大きな鏡に映った自分の顔を見て、酷い顔だと、大きくため息をついた。

気付いたら6時間。

すっかり日も暮れてしまっていて、スタジオを出た僕は慌てて電車に飛び乗った。







いつも乗り込むエレベーターが、この日は無性に長く感じる。

止まっているのではないかと疑うけれど、階数を示すランプは確かに上へ上へと移動していた。

しんとした廊下に響くのは僕の足音だけ。

なまえに心配をかけないようにと、扉の前で一つ深呼吸。酷い顔をさらすわけにはいかない。

「ただいまー」

何度も注意をされて、靴を揃えて脱ぐ癖が付いた。

隣にあるのは、彼女が仕事でいつも履いている華奢な靴。

よくこんな危なっかしい靴で歩けるよなと、ぼんやり眺めていると、リビングから君のか細い声が聞こえた。

「お、おかえりー!・・・ぐす」

鼻をすするようなその声に、一瞬嫌な予感がした。




まさか、あの子に何かされたんじゃ―――




「なまえっ!?」

慌てて君の傍に駆け寄ると、クッションを抱き締めながらやっぱりぼろぼろと大粒の涙をこぼしてる。

ああ、これは、きっと僕のせいなんだ。

次々とあふれ出る涙を目にいっぱいためて、僕を見上げるなまえの、悲しそうなその表情に胸が痛んだ。




僕のせいだ。




罪悪感で締め付けられた胸に、ぎゅっと君の頭を抱き寄せた。

「ごめん・・・」

「・・・そ、総司?ちょっと、み、見えないっ」

テレビから聞こえる聞き慣れない外国語と、それを覗きこもうと僕を押し戻した君。

そして、テーブルの上に無造作に置かれているのは、半透明のケース。

「なまえ?」

目尻に残っている涙をティッシュで押さえた彼女がただ、映画を見ていただけだと気づいて安心したのと、ちょっとだけ拍子抜け。

「・・・・・・心配したのに」

「え?」

「一人で泣いてるから」

すとんと君の隣に腰かけて、なだらかなその肩に寄りかかった。

「・・・ありがと」

ストーリーについていけない僕は、とりあえず字幕を目で追って、彼女との時間を共有する事にした。

膝の上に置かれた君の手に指を絡ませて、しっかりと離れないようにぎゅっと握って。








翌朝。

結局何も言えなかった。言ったところで心配を掛けるだけだし。

とりあえず、バイトは午後からだと伝えて、慌てて家を出る君を見送った。

急に静まり返った部屋に、僕は一人ポツンと取り残されて。

そういえば、こんなにゆっくりする時間は久しぶりかもしれないと思いながら、この広い部屋で今まで一人で居たなまえはどんな気持ちだったのだろうかと少しだけ考えた。

けれど、このまま家に居ては間違いなく引きこもりまっしぐらだと気付き、慌てて出掛ける準備をして昨日と同じスタジオへ向かった。大事なギターと一緒に。





「最近、お店に居ないからどうしたのかなと思ってたけど、ソウジ、辞めたの?」

日が暮れるのが早くなった冬の18時。

街灯の明かりに導かれるように僕はマンションまで歩いていた。

途中、急に視界に飛び込んできた人影は、僕を待っていたような顔でそう言った。

心の中で盛大にため息をついて、やっとのことで声を絞り出し肯定すると、

「なんで?」

と、理由なんて聞かずとも分かっているであろう、嬉しそうな顔を見せる。

自分の思い通りに事が運んでいるというこの状況をたのしんでいるんだろう。

「せっかく、ソウジの為にお客さんたくさん集めてあげたのに。皆がっかりしてたよ?」

「はっ・・・・・・僕の、為・・・?」

後ろで手を組んだまま、僕を覗きこんできたその余裕たっぷりな顔に、苛立ちをぶつけたくなる。

ぐっと、思い切り握った掌の痛みで、苛立つ感情を、薄れさせる。



―――もちろん、感謝はしている。

まだ駆け出しだった、結成したばかりの僕らのライブに来てくれていた貴重なファンだったし。

それは今でも変わらずにそう思っているつもりだけれど、でも僕は今、得意だったはずの笑顔の作り方を忘れてる。

「たくさんファンが出来て、良かったね?ソウジ」

「・・・何が言いたいの?」

「私も嬉しいんだよ?・・・せっかくだから、その子達にソウジの年上の彼女の話を」

「いい加減にしなよ」

「・・・っ、痛い、ソウジ」

後ろで組まれていたその片腕を、捻る様に持ち上げた。

彼女の話を持ち出されると、僕は我を忘れるらしい。






「ねえ、君はどうすれば気が済むの?」









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