「しかしなあ、お前が同棲とは」 「あれ、左之さんは?彼女・・・・・・」 直接本人から言われたわけではないが、おそらくあの、いつも話しているファンの子と付き合っているのだろうと、当り前のように聞いてみれば、 一瞬驚いた顔をされたけれど、やっぱり気付いてたんだな、と左之さんはため息をひとつついた。 「・・・・・・実家なんだよなあ、あいつ」 目に見えてあからさまに肩を落とした彼は、相当悩んでいるらしい。 「・・・ああ・・・」 お互い、苦笑いをこぼしながら止まっていた手をまた動かし始めた。 episode12 "キリがない" 自分のアパートは即解約。左之さんに車を出して貰い(何往復したか知れないが)引っ越しは無事完了した。 昔聞いてたCDだとか、レアなレコードだとか、こんなの買ったっけ、なんて思い出に浸りながら。 まだ一度も更新していないそのアパートには思い出なんて大してないけれど。 「一回総司のアパート行ってみたかったな」 引っ越しが終わったその日の夕方、君はいつもより早めに帰ってきた。 荷ほどき手伝おうと思ったんだけど、なんて言いながら、既に片付いている部屋を見て驚いている。 「何言ってるの!駄目に決まってるでしょ!こんなとこ住んでる人呼べるわけないじゃない」 慌てた僕を見て、クスクスと楽しそうに笑う君の頬に、優しくひとつ、キスを落とした。 急に止めてよ、何て言いながら、嬉しそうな顔しちゃって。 ・・・今日から、ずっと一緒なんだね。 「晩御飯、手伝うから。何作るの?」 「んー、どうしようかな、適当に・・・」 「じゃあ、引越祝いしようよ!」 「あはは、そっか、そうなるんだね」 君と二人、手を繋いで近所のスーパーへのんびり歩いた。 肩を並べて、隣の君を感じながら。 別に、あの事を忘れていたわけでもないし、気をつけなきゃっていうのは、今まで以上に思ってた。 けれど、あの日みたいに夜じゃないし、夕方の、主婦で混み合うこのスーパーに、まさかあの子が居るなんて――― 後ろから掛けられた声に驚き振り返ると、「また会えたね」と一瞬見せた笑顔ののち、僕らの繋いでいた手に気付いたその子の表情が変わった。 その冷たい表情で、あの日の言葉がよみがえる。 『・・・ねえ、その人誰?彼女?』 それに気付いたなまえが慌てて手を解こうとしたから、もう言い訳が通用しないと思った僕は、もう一度隣の君の手を強く握った。 「何で?」と言いたげな瞳にはゆらゆらと僕が映っているんだろう。けれど、目を逸らす事が出来ないと感じた僕は、君を見ている余裕が無かった。 「・・・・・・ねえ、やっぱり彼女なんでしょ?」 また君を泣かせることなんてしたくない。 「うん、僕の大事な人」 「ふーん・・・」 すると、ちらりと横目でなまえを見やって、また僕に視線を戻したその子から、予想外の答えが返ってきた。 「・・・・・・仲良さそうで羨ましい!お邪魔してごめんね!」 そうして僕らから離れていった背中を見つめながら、何故だか違和感をぬぐえずに、立ち尽くすしかなかった。 「総司・・・よかったの?」 不安げな顔をして僕を覗きこんでくる彼女の視線に気付いて、慌てて「平気だよ」と笑顔を作って見せる。 その時僕は完全に、大丈夫だって、信じようとしてた。 「お、沖田くんっ、今日帰った方が良い!!」 「は?なに?」 CMの撮影も終え、オンエアが始まってからたぶん2週間と経っていなかったと思う。 アルバイト先のカフェに顔を出すなり、ホールの女の子からそう言われた。 いつもよりガヤガヤとうるさい店内に、どうしたのかと顔をのぞかせてみれば女の子で満席。 「・・・・・・」 絶句、とはこのこと。きゃあきゃあと黄色い声でいっぱいの、明らかにいつもと違う店内に悪寒が走った。 「・・・どういうこと?」 「そんなの、こっちが聞きたい!でも、皆沖田くん目当てらしくって、さっきからまだかまだかってうるさいの。こんな中出て行ったら沖田くん確実に・・・・・・」 心配してくれた彼女には悪いけれど、僕はもう嘘をついたり逃げたりはしたくないと、ロッカーに荷物を突っ込んだ。 「沖田くん!聞いてる!?」 ―――矛先が僕ならまだましか。 返事を一切しない僕に、どうなっても知らないから、と出ていった彼女は、冷たい視線を浴びながらオーダーを取っていた。 あのとき、あっさりと身を引いたからびっくりしたんだ。 きっと、感じた違和感はあの子の変な余裕だったんだと思う。 ―――受けて立とうじゃない。 『『きゃあ!』』 40席以上ある店内が満席。 僕がホールに出ていくなり、色めき立つ。 面倒くさいなあと思いながらも、“仕事”なんだと言い聞かせて接客モードに切り替える。少し上げた口角と、明るめの声色。 テーブル一つ一つに営業に回っている気がしてくる。“いらっしゃいませ”と“ありがとう”を何回言ったことか。 そして、隅っこに座っていたあの子の笑顔に僕は唯一、笑顔を返すことができなかった。 何、考えてるの? 無理矢理渡された何枚もの連絡先の紙切れが、僕の手の中でクシャリと嫌な音を立てた。 prev next |