カーテンの隙間からこぼれる朝の光と、おいしそうなコーヒーの香り。

慌ただしくパタパタと君の足音が聞こえる。

僕はまだ、眠りの途中。



episode11 "平凡にして非凡なる日常"



「総司!そろそろ時間でしょ?遅刻しちゃうよ!私先に出るから」

未だベッドで眠りについている僕の肩をゆすりながら、君が僕の名前を呼んだ。

「う・・・ん・・・」

ごろ、と君の方へ寝返りを打ち、くっついた瞼を開こうとするがそう上手くはいかなかった。

君と睡眠時間は大して変わらない筈なのに。

「もう。・・・ちゃんと鍵、掛けて出てね?」

昨日、君に夢中でどこに置いたか忘れていた合鍵を、ベッド横のサイドテーブルに置いてくれたらしい。

「んーーー・・・」

うっすらと瞼を開けて君との距離を確認してみると、ちょうど僕の目線の位置にしゃがみこんでいる君がいた。

「いってきます」

「・・・待って」

立ち上がりかけた君の腕を、ぐい、と引っ張って僕も少し身体を起こした。

驚く君の、表情が可愛い。

「おはようと、いってらっしゃいの・・・」

僕がうっすらと目を覚ました時には君はもう隣に居なかったから。

今日はまだ一度もしていなかったキスを、二回。

一度目は一瞬触れただけ。二度目は、少しだけ舌を絡ませた。

その間にすっかり覚醒した僕の意識。

唇を離し、瞼を開いて君を見やれば、恥ずかしそうに頬を染めている。

「い、いってきま・・・す・・・」

「いってらっしゃい」

僕はベッドに腰かけたまま、君を見送った。

パタリと閉じた玄関の扉と、ガチャン、と掛けられた鍵の音。


そういえばと、サイドテーブルの鍵を手に取ってみる。




無造作に置かれていた、その鍵は、僕の物。

同棲をする事に抵抗なんてないけど。ちょっぴりくすぐったいその響きに、君の匂いに包まれて僕は“幸せ”だと改めて思ったんだ。





「大好きだよ、なまえ」




ぎゅ、と握りしめた鍵。こぼれた言葉に、顔が緩む。

いい加減起きなくてはと、離れがたいふわふわのベッドから立ち上がった。






「お、珍しく早いじゃねえか」

「僕だって、早起きくらいしますよ」

資料を広げて会議室で待っていた土方さんに言われたその嫌味みたいな言葉にだって、今はイラつく事も無い。

君が用意してくれていた朝食を食べて、仕度をするとすぐに家を出た。

無事、打ち合わせに遅れることなく僕が事務所に着いたのは15分前。

背負っていたギターと、抱えていた荷物をドサリと置いて、会議室の椅子に腰かけた。

「・・・・・・何をそんなに笑っているのだ」

隣で本を読んでいた一君は、座った僕にちらりと視線をよこしたが、すぐにまた本の世界へ入ってしまった。

おそらく僕の顔に“なんでだと思う?”とでも書いてあったに違いない。

自分から、まして土方さんの前で、同棲する事になっただなんて言えるわけがない。






会議を終えて外に出ると、ちょうど昼時。

もしかしてと、君に電話を掛けた。

一回、二回・・・。

無機質な呼び出し音はちょっぴり僕を不安にさせる。



君は出てくれないんじゃないか―――



『も、もしもし?』

「あ、なまえ?今平気?」

少しだけ、小声で電話に出た君に合わせて、僕も少し声を抑えた。

『う、うん・・・会社の子とランチに来てるんだけど』

一応外に出たから平気だよと言っているのに、変わらずに小声で話してる。

「ごめんね。たった今打ち合わせが終わってさ」

『・・・嬉しそうだね?』

柔らかく笑う、君の笑顔が浮かぶ。

「今度のライブで撮影入るみたいでさ、CMで使いたいって言ってたやつの」

『え、もう!?』

「イメージに合うバンドをずっと探してたみたいで。かなりスケジュールぎりぎりらしくってさ」

『そうなんだ』

「絶対来てね」

『え?』

「だから、今度のライブに」

『・・・う、うん。行くよ?いつも行ってるじゃない、どうしたの?』

「・・・いや、なんかさ、ちゃんと、前に進んでるとこ、見てて欲しくて」

『ふふ。わかった、絶対行くから、頑張ってね?』

「ありがとう。あ、ねえ、僕もう今日バイトないから家に帰るんだけど、何か食べたいものある?」

『え、な、なにっ!?』

「僕、なまえの為に何かしたい」

『・・・ありがと』

でも、気持ちだけで十分だよ、と言ってくれた君は、駅に着いたら連絡をすると約束してくれた。

帰ったら、二人で一緒に買い出しに行こうって。僕と並んで歩くのが好きだからと言って。





どうしてそんなに、僕を喜ばせる事ばかり君は言うんだろう。

電話越しの、埋めることなどできないこの距離に、僕はため息をついた。

見上げた空の、無限の青さと、自由さに、飛べたら良いのに、なんて考えてる。

大好きな君の隣へ、今すぐに。


ずっと君に、触れていたい。


ずっと君と、繋がっていたい。


ずっと君を、感じていたい。









改札の向こうから歩いてくる君と目があって、二人で微笑みあって。

「おかえり」

「ただいま」

こんな日常が、ずっとずっと、続けば良いと、思ってた。







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