彼曰く、高校の時にギターを始め、今のメンバーになってから1年と少し。

たったこの短期間で、よくもまあCMのタイアップなんて大きな仕事をもらえるなと感心した。

それはやっぱり、彼らが頑張ってきた証拠だろうし、やっぱり才能とかも有るんだろうと思う。

私は音楽に関して全くの無知だし、流行りの音楽だって別に興味は無いから「あ、聞いた事あるかも」程度。

極端に言えば、上手いのか下手なのかすら分からないかもしれない。

総司の好きな音楽をいろいろ教えてもらって、ちょっとずつ聞き始めてはいるけれど、やっぱり総司の歌が一番好きだと思う。

惚気じゃないよ!だって、ちゃんと私の心に届くんだもん。



episode10 "満ち汐のロマンス"



私をぎゅうと抱きしめて、彼が鼻をすすっているのが肩越しに聞こえた。

(泣いてる?)

からかったら怒られそうだから、気付かないふりしてまた頭をなでてあげた。

「ここからまた、頑張らなきゃね?」

「うん」

少し身体を離して、お互い見つめ合ってみれば、やっぱり彼の鼻の頭は少し赤くなっている。

総司がどれだけ頑張ってきたのかなんて私は知らないから、それを同じ気持ちで喜んであげられていないのがすこし寂しい。

「・・・・・・キス、していい?」

視線の先には私の唇。

「今更聞く必要ある?」

「とびきり甘いやつ・・・」

今度はちゃんと、私の瞳を見つめて優しく笑う。

コクンと頷いて見せれば、さっきの荒々しいキスとは正反対。

伝わってくる“嬉しい気持ち”が、私をとろけさせる。


でも、もしこの仕事が上手く行ったとして、彼がもっと大きくなってしまったら、私と彼の距離は広がってしまわないだろうか。

今と同じように私を愛してくれるだろうか。

同じ業界の美人な人に魅かれてしまわないだろうか。


「・・・・・・なまえ?どうしたの?」

急に襲ってきた不安に、初めて彼のキスを拒んでしまった。

「ごめん・・・何でも、無いから」

「・・・・・・なまえ」

「あ、明日打ち合わせ遅れないようにしなきゃね?」

立ち上がってリビングへ移動した私は後ろから、ぎゅっと強く抱きしめられた。

「総司・・・?」

「一人で抱え込まないで?何かあるなら僕にも話して欲しい。ちゃんと、君を愛したいんだ。どんな君も」

「・・・そんなの、綺麗事」

「綺麗事の、何が悪いの?」

私の肩をつかんで、自分の方に向けさせれば、真面目な顔をしている総司に見つめられて、思わず目を逸らした。

「なに、考えてるの?言ってくれなきゃ、分かんないよ・・・」

「分かんなくても、いい・・・離して」

「嫌だ」

「総司・・・痛いっ」

「お願い、言って・・・?僕がしたいのは、ただの恋愛ごっこじゃないんだよ?そんなの、誰だってできる。でも、」



―――僕は、君を愛したいから。



真っ直ぐな瞳で、正面から彼がぶつけてくれるその想いに、私は応えなくてはいけないと自分を奮い立たせる。

素直になれない理由は、恥ずかしいから。自分が自分じゃ無くなりそうで、嫌だから。

無意識に引いた境界線で、そっちとこっちを勝手に区別してる。

そうしていくつもいくつも作ってきた壁を、今総司が壊しかけてる。

それなら私も、壊してしまおうか。彼が一緒なら、怖くない。

飛び込んだらきっと、受け止めてくれる。



「・・・・・・・・・・・・ったの」

「え?」

「だから、私なんかよりずっと美人でスタイルの良い女優さんとかを好きになっちゃうんじゃないかって思ったの!・・・・・・わっ」

ソファに押し倒されたと理解した時には、またキスを落とされていた。

「っん・・・」

「・・・・・・嫉妬した?」

言いながら、額に、頬に、まぶたにとキスを降らせる。

「大丈夫だよ。僕はこんなに君でいっぱいなんだから。どれだけ愛してるか測れたらいいのに」

「・・・ばかっ」

「ねえ、なまえは?」





―――僕の事、どれくらい愛してる?



グイ、と腕を引っ張られて二人、ソファに向かい合う。

「・・・・・・そんなの」

伝えきれない。

総司がさっき言った通り、感情を測る事なんてできない。じゃあ、どうしたら伝えられる?





「・・・・・・っ」




一瞬。ほんとうに、一瞬。



かすめた唇に、たまらなく恥ずかしくなって目を逸らした。

自分からキスをするなんて、初めて。

全身が熱くなっていくのがわかる。

こんなに・・・・・・。

何度も何度も総司がキスをくれる度に、私と同じ思いをしているのであれば、それはすごく嬉しい事で。

彼を想う“愛しい気持ち”を、やっと自分で実感した気がする。

愛してくれる彼に、愛する事を返す。実はすごく簡単な事なのに、私はずっとそれをしてこなかった。

申し訳ない気持ちと同時に、自分からキスをしたおかげで、何か、作っていた境界線みたいなものが消えていく気がする。

「総司・・・・・・好きだよ」

逸らした瞳を、彼に戻してみれば、真っ赤な顔して目を丸くして驚いている。

こんな顔、初めて見た。

「・・・・・・え、なにっ・・・」

瞬間、ふわりと抱えられた身体は、俗に言うお姫様抱っこをされている状態。

「ちょっ・・・やだ、降ろしてっ」

「だめ。スイッチ入った。可愛すぎ。反則」

「・・・何言ってんの!?重いでしょって」

「ん?・・・・・・そうだね、愛の重さ?」

「ふ、ふざけないでよっ」

言いながら、すたすたと寝室へと向かい、ベッドに優しく私を降ろした。

「ねえなまえ?僕、すごく嬉しかったよ。これからもそうして言葉にしてくれる?」

「・・・・・・で、出来る限り・・・」

「ありがとう」



そうしてスイッチが入ってしまったらしい総司は、私の上に跨ると、「さっきの返事だけど」と、彼らしくない真っ赤な色に頬を染めていた。


「この家に、ただいまって、毎日帰ってきても、いいの?」

「・・・・・・いいよ」

「毎日、寝かせないかもしれないけど、いいの?」

「・・・・・・い、いいよ?」

「これからも、離してあげないけど、いいの?」

「・・・えっ!?」

「ちょ、ちょっと!そこはいいよって言うところでしょ!?」

「う・・・あっ、ごめん!!」


何度も重ねたはずの身体も、今日はいつもよりくすぐったくて。

彼に触れられた箇所がいちいち熱くてたまらない。

こんなに“満たされてる”と感じるのは初めて。

もっと、もっとと強請る事を覚えた私は、それを言う度、真っ赤に頬を染める彼を見て、可愛いと思う。


私を、受け止めてくれてありがとうね?

これから、いっぱい、愛してあげるね。

だからあなたも、変わらずに私を愛していてね。







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