「合コン・・・」

会社の、隣の席の同僚から回ってきた話だった。

大学生の時に2度ほど無理矢理連れて行かれて嫌な思いをしたきり、絶対二度と行くまいと、話が来ても断っていた。

別に彼氏とか好きな人がいるわけでもない。

ただ、合コンなんかに行くような人―――と言っている自分も同じだろうけれど―――とは付き合っても長くは続かないだろうなんて思っていたし、

アラサーと呼ばれる私くらいの年齢で合コンに参加することに少し抵抗があった。

「イケメンなんだって!大丈夫、退屈はさせないから」

それでも、強引に誘ってくる彼女に決定的な理由を伝えることが出来ずに、なんとなく参加をする方向に話が進んでしまっていたのだ。

1日、数時間、そうだなきっと3時間、我慢すればいい話だ。

なんとなく気の進まないまま当日を迎えて、終業後メイクを直しに向かう同僚について私もなんとなくトイレに足を運んだ。

「みょうじちゃんさ、気が進まないって顔してる」

「え?そんなこと、ないよ?」

「そう?・・・本当はさ、友達の友達なんだよね。だから私も会ったことなくて」

でもイケメンだっていうからさ、と鼻歌なんて歌って、こんな上機嫌な同僚を初めて見たかもしれない。

それと、後輩が2人来るらしい。

4対4、結構話が散ってしまいそうだなと出そうになったため息を慌てて飲み込んだ。

「・・・楽しもう?最近あんまり笑ってるの見てない気がするの」

「え・・・」

「付き合うとかは別にしてさ、今日の出会いを楽しもう?ね?」

「あ、あはは、ありがと」

せっかくだけれど、私は彼女みたいにプラス思考でなんて物事を考えられない。

いつも仕事でもミスしたらどうしようとか、私の名前が呼ばれるたびになにかやらかしたかなとか不安がっているんだ。

最近、というか、ここしばらくあんまりちゃんと笑っていない気がする。

見に行く映画も、読む本も、だいたい涙を流すやつ。

それでもちゃんと感動したり悲しんだりできる自分がいるんだって、なんとなくホッとしてる。

「ほら!こっち向いて!」

「え・・・ちょっ・・・わ、あ」

強引に頬に乗せられたチーク。

「ほら!明るくなった!」

「・・・・・・チークなんて、久しぶりにしたかも」

「みょうじちゃんさ、あんた相当可愛いの自分で自覚ないでしょう?普通あんたみたいな可愛い子、合コンなんか誘わないんだから」

「へ・・・?・・・い、いひゃい」

飾ってもらった頬に、彼女の手が伸びてぎゅ、とつままれた。

「隣の席の同僚から、友達になれたらなって思ってるのは、私だけ?」

「・・・・・・え・・・っと」

「ね?なまえ!」

「あ、わ・・・」

久しぶりに、名前を呼ばれてなんとなくくすぐったいなと思ってしまった。

気恥ずかしくて、小さな声でありがとうを言うしかできなかった。

出会いに期待はしていないけど、彼女と仲良くなれればいいかも、と少しだけ心が弾んだ。









「えっと、千鶴と知り合いなのって・・・」

待ち合わせていた店で予約の名前を伝え通された個室には、一般で言うところの間違いなくイケメンが3人奥から座っている。

「は、はいっ!!私、です!・・・・・・・・・ちょ、まじ・・・やばい、なにこのイケメン集団・・・」

元気よく返事をした彼女は、こそりと私に耳打ちをしてきた。

「あはは・・・」

なんて言っていいやら。私の後ろの後輩二人は、目をキラキラさせながらお相手を眺めている。

後輩から奥へ詰めて座らせて、私は通路側―――なんとなく逃げ場を確保しておきたかったのだ。

お相手は3人だけ。私の正面は空いている。

「本当はもう一人来るんだが・・・ちょっと仕事が押してて遅くなるって。仕事人間なんだ、合コンなんか行きたくないって言ってるくらいの人でな」

「なまえと一緒じゃない!」

なんだ、じゃあ無理に4人じゃなくても―――ああ、いけない、また。楽しもうって少しでも思えたんだ、そう考えるのは止めよう。

「なまえ・・・、可愛い名前だな」

「え・・・」

そう言って私を見つめたのは、同僚の正面に座ってる“原田さん”。

名前を可愛いと言われたのなんて初めてのことだし、何より女の子慣れしてそうな彼は少しだけ苦手な気がする。

「は、はあ・・・どうも」

先に始めてようとドリンクのオーダーするために店員さんを大声で呼んだのは一番奥の席に座っている“永倉さん”。

ふたりの間に挟まれて、フードのメニューをキラキラした目で見つめている彼は“藤堂くん”というらしい。

話しながら、3人がとても仲がいいことが伝わってくる。



結局そう、人数が多いと話が割れてしまうんだ。

藤堂くんと永倉さん、奥の後輩二人で話が盛り上がってしまっていて、

私と同僚と原田さん、3人で他愛もない話から、好きな異性のタイプだとか、仕事の話をいろいろした。

正直私はほとんど口を開くことがなかったので、同僚と原田さんで会話が成り立っている。

時々相槌を打てば優しく原田さんが微笑んでくれた。

第一印象って、本当に当てにならない。けど、隣で楽しそうにしている同僚は、きっと原田さんに惚れたんだろうなっていうくらい、前のめりになって話してる。

「・・・・・・あ、悪い、最後の一人から電話―――もしもし?」

そう、携帯を片手に立ち上がった原田さんを横目に、私は少しぬるくなったビールに手を伸ばした。

「ちょ、ちょっとなまえ!・・・原田さん、めっちゃかっこいいんだけど、どうしよう!?」

奥で盛り上がっている4人には聞こえないだろう声で、私にそう声をかけてきた彼女に、応援するよと言ってやれば私にぎゅうと抱きついてきた。

ほんの少しね。原田さんを素敵だなと一瞬、一瞬だけ思った私は、それでもやっぱり私の背中を押してくれた彼女を応援したいと本当に思って。

「がんばってね?」と、言うしかなかった。


「私、ちょっとトイレに行ってくるね」

原田さんが戻ってきてしまったらきっとタイミングがつかめなくなってしまうだろうと、私はバッグを持ってトイレに向かった。

薄暗いせいで、自分の顔色があまり分からない。

一つため息をこぼして、お気に入りのグロスを唇に乗せた。

わざとらしくにこりと鏡の向こうの自分に微笑んでみても、同僚の言っていた“可愛さ”なんてまったく分からない。

素直で明るい彼女のほうがよっぽど可愛いと思う。



「具合、大丈夫か?」

「へ・・・」

トイレから出ると、待っていてくれたらしい原田さんが、心配そうに立っていた。

「あんまり喋らねえし、飲まねえし・・・もしかして、具合悪いのかって」

「あ、いえ・・・その、慣れていなくて、こういうところ」

ここに今、原田さんがいること、彼女はどう思っているだろうか。

嬉しいと思う自分と、不安でたまらない自分と、両方。

「別に具合が悪いわけではなかったので、その、も、戻りましょう」

「なまえ・・・」

ああ、また。

この人は、どうしてこんなに女の子をドキドキさせるのがうまいのだろうか。

名前を呼ばれただけなのに。

どうしよう、苦しい。

「なまえー!!大丈夫?」

彼の瞳に見とれてしまっていた、その瞬間私を呼ぶ声に現実に引き戻された。

「っ・・・」

「トイレ長いなと思って心配したよ、ほら、戻ろう?」

「あ、ごめんね?ありがとう」

原田さんも!と、彼の背中を押して全員揃ったらしい席へと戻った。

いけない、いけない。

だって、ここで私が原田さんを好きになってしまったら、きっと彼女との関係がこじれてしまう。



席に戻るが、全員揃った様子もなく、さっきと景色は変わらない。

「平助、土方さんは?」

「ん?ああ、なんかタバコ、買いに行くってまた出てった」

「なんだよ、ったく」

はあ、とため息をついた彼はさっきと同じ席に座った。

結局同じメンバーで、男性陣は一人足りない。

合コンに来たくないと言っていたらしい最後の一人の“土方さん”という人が、いつ戻ってくるのか、タバコを買うのは口実で本当は戻らないのかもしれない。

奥の4人は盛り上がっているし、同僚の矢印は原田さんに向いている。

それなら―――

「あの、私、やっぱりそろそろ帰ろうかな」

「なまえ?本当に具合悪かったりする?平気?」

心配してくれる同僚にごめんねと告げてコートを羽織ると、原田さんもコートを手に立ち上がった。

「俺が送っていく」

「え、や・・・あのっ」

それじゃあ、私の気遣いが台無しになってしまうと、言葉を探していたら、後ろから知らない声が聞こえてきた。

「なんだ、もう終わりか?」

振り向くと、私よりも頭一つ分くらい背の高い、これまたイケメンが立っていた。

ああ絶対この人が“土方さん”だ。

奥ではまだ盛り上がっているその様子に、頭の回転がいいらしい彼は一瞬で状況を把握したようだ。

「原田、幹事が帰ってどうすんだよ、こいつは俺が送っていく」

「・・・・・・はっ!?え、えっと・・・」

「名前は?」

「・・・みょうじ、です」

「ちょっ、土方さん、そりゃねえだろ!あんただって来たばっかりで・・・」

「俺は元々数合わせでなら参加すると言ったはずだ、来たくて来たわけじゃねえよ」

私は、間に立ってふたりの言葉を聞いていることしかできない。

「ほら、行くぞ、みょうじ」

「は・・・あ、あの!?ちょっ・・・ええ!?」

私の考えは当たっていた。

合コンに来たくはなかったと言っていた土方さんは、すぐにでも帰りたかったんだろう。

一人去る彼の背中を追いかけなくてはいけないと、なんだか無性にそう思えてしまって「失礼します」と原田さんに頭を下げて店を出た。

next
back
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -