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“新年早々頼まれてはくれぬだろうか”

私の手の中にある小さなディスプレイに表示されているのは、確かに斎藤さんからのメール。

「・・・・・・い、痛っ!」

まさか夢なのではないかと思ってつねった頬は間違いなく痛かった。





あなたが好きだと気付いてから




会社でも、仲が良いとは言えないくらいの間柄。

仕事の話と挨拶くらい。時々大人数で行くランチに私も混ぜてもらったことはあるけれど、ほとんど会話なんてしたことなかった。

それが、昨年末の忘年会で、酔っ払った同僚を呆れ顔で眺めていた私の隣に、突然斎藤さんがやってきたのだ。

・・・一升瓶を握り締めて。

「みょうじ」

「・・・はい?」

赤色が差した頬と、とろんとした瞳。

いつものシャンとしている彼とのギャップに、完全にノックアウトだ。

「斎藤さん?」

私の隣に胡座をかいて座った彼が、飲め、と一升瓶の口を私に向けた。

「あ、はい、どうも」

ちょうど空になったグラスを差し出すと、とぷとぷとぷと無言で8割くらいお酒を注いでくれた。

周りでは賑やかに騒いでいる同僚たち。

あまり目立つのは好きではないのと、人前ではしゃげるほど心臓が強くない私は、隅っこの席でみんなを見守っていたのだ。

「あんたは、楽しんでいるのか」

「え?あ、楽しいですよ?」

彼に注がれた(有り得ない量の)日本酒を一口飲み込んだ。

「そうか。・・・・・・ところでみょうじ」

「・・・ん、はい?」

お酒は別に弱くない。

今だって、何杯目なのかわからないくらい飲んでいるが、あまり酔いは回っていないと思う。



「何故・・・俺を避けているのだ?」






・・・はい?




「いや・・・え!?どう・・・・・・て、あの、避けて・・・ません、けど・・・」

唐突な彼の質問。

テーブルの上に置いた一升瓶を大事そうに抱き抱えながら、瞬きをするのもやっとのようで。

視線も定まらない彼は、そのままゴツンと盛大な音を立ててテーブルに頭を預けた。

「さ、斎藤さん・・・?」

「・・・みょうじ」

「はい?・・・あの、大丈・・・・・・っ」

お座敷の、テーブルの影で。



私の膝の上の手を探り当てるように握り締めた彼は、顔を上げてはくれなかった。








『はじめくんを送っていくことになるなんてね。なまえちゃん、何したの?』

やれやれ、とため息をこぼした沖田さんに支えられながら、去っていった斎藤さんの背中から、目が離せなかった。

そんな斎藤さんと、そのまま別れた去年。

そしてもちろん、新年の挨拶もまだしていない、今日一月三日。

突然に届いた斎藤さんからのメールに驚いて、ばくばくと騒ぎ出した私の心臓。

「・・・・・・」

どうしていいかわからなくて。

あの日握られた手の温もりと感触を思い出すように、自分の右手にそっと触れた。






「すまない、せっかくの正月休みを」

「いえっ、暇していたので・・・」

会社の仲間内での新年会の準備にと駆り出された私は、夕方に斎藤さんの家にお邪魔した。

見慣れない彼の部屋と、去年の―――といっても数日前の、斎藤さんの言葉の意味が気になってなんとなく落ち着かない。

それを私が聞いてもいいものか、彼が話し出してくれるのを待つべきなのか。

「俺一人では流石に、手が回りそうも無く・・・・・・」

言いかけた斎藤さんが、着信を知らせたらしい携帯をポケットから取り出した。

「・・・・・・すまない」

「いえ、どうぞ」

携帯を耳に当て、私に背を向けた斎藤さんが話している相手の声は聞こえないけれど、声の主は多分、間違いなく、

「総司、18時からだと言ったはずだろう」

ほら、やっぱり。

斎藤さんの困っている声と、口調と。絶対沖田さんだと思った。

電話に夢中な彼をじっと眺めているわけにもいかず、なんとなく、手持ち無沙汰で。

これから準備を手伝うのだからいいだろうと、キッチンを覗き込んだ。

「・・・わ、いい匂い」

鍋の中も覗いてしまいたかったが、本人の許可を得ていないのにそれはどうかと一瞬チラリと彼に目をやれば、まだ困り果てた顔をして沖田さんと電話中。

「お前の都合等知るか、出直してこい」

空気の読めない、明るいインターフォンの音が部屋に響いた。

深い溜息をつきながら、携帯をソファに投げ出し、玄関へと向かった斎藤さんが扉を開けると、賑やかな声が聞こえてきた。

「まだ準備は終わっていない、出直せ総司、平助」

「えー?だから、手伝おうと思って・・・、あれ、もう誰か来てるの?」

「何だ一君、彼女か?」

「なっ、おい・・・お前ら勝手に・・・!」

バタバタと聞こえてきた足音の主と目があうと、ものすごい驚いた顔をしたのは藤堂君だけで。

「あれ、なまえ?」

どうして私がここにいるのだろうかと、不思議そうな顔をして頭をひねる藤堂君とは正反対に、ニヤニヤと笑う沖田さん。

「二人共もうそういう関係になったの?」

「え!?彼女って、なまえ!?」

沖田さんの言葉に一層驚いた藤堂君の声が、キンと耳に響く。

「馬っ・・・馬鹿を言え!みょうじには手伝いに来てもらっただけだ」

「どうも、お邪魔してます・・・」

ぺこりと二人に頭を下げると、沖田さんが楽しそうに言った。

「せっかく気を利かせて早く来てあげたのに、お邪魔だった?」

何度斎藤さんの溜息を聞いただろう。

「お前らは、酒でも買ってこい。男二人居れば問題ないだろう」

さっさと出て行け、と言わんばかりに二人の背中を押して、あっという間に二人を追い出してしまった斎藤さんが、なんだかどっと疲れたような顔で戻ってきた。





「・・・すまない」

「いえ・・・・・・逆に、私、お邪魔だったりしませんかね?」

私の言葉に、視線を外した斎藤さんが、呟くように口を開いた。

「そう・・・思うなら、誘ったりなど、しない」

「・・・・・・・・・」

なんて言葉を返していいのかわからなくて、ぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

「あいつらが帰ってくる前に準備を終わらせてしまおう」

「・・・あ・・・はいっ」

彼について、キッチンへと向かった。



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