今日も俺の部屋に押しかけてきたみょうじは、彼氏である総司の話ばかりを繰り返す。
「でさー、ジェットコースター、私大っきらいだって言ったのに、無理矢理乗せるんだよー?足なんてガクガクで、まともに歩けなかったんだから」
ねえ、聞いてる?と、本を開いていた俺の肩を引っ張り、顔を覗き込んでくる。
「・・・理解し難いな」
「でしょう?それでね」
聞いて聞いて、と、楽しそうに話し続ける彼女の、キラキラとしたその瞳を見ることが出来ずに、また本に視線を戻した。
理解し難いのは、総司の行動などではなく、彼女の今。
わざわざ俺に話さなければならない内容という訳でも、重要な相談事というわけでも無い筈の話を、ローテーブルに頬杖をついた彼女が隣で話し続けている。
視界に入ったマグカップに手を伸ばし、紛らわすように一口飲み込んだ。
またね
この関係が始まったのは、総司が俺に「彼女が出来た」と報告をしてからだ。
一年前、紹介をしたいからと言われ総司の家を訪れた際、初めて会うみょうじに、昔の話をして欲しいとせがまれ、その様子を見た総司が「そんな話なんて面白くないよ」とふてくされているのを横目に、俺は差し障りのない範囲で話をした。
流石に今の彼女に、以前の恋人の話など出来る訳ない。
それを一番聞きたかったらしいみょうじは「総司には内緒にして」と、見つからぬように連絡先を交換し、俺の家で時々会っていた。
「高校のアルバムとか、無いの?」
何度目か。
当たり前のように俺の部屋に上がり込んだ彼女が慣れた手つきでコートをハンガーにかけ、電気ケトルのスイッチを入れた。
「・・・・・・捨ててはいないが、何処にやったか。あるとすれば・・・」
クローゼットを漁る俺の後ろで、「早く早く」と急かす彼女の明るい声。
「・・・・・・これ、だな」
懐かしい気も、何となく初めて見たような気もするアルバムの表紙には、間違いなく自分の卒業した年が記載されている。
「見せてっ」
アルバムを手に取り振り向いた俺の横にぴたりと寄り添い、それを覗き込むと「何組?」と俺を見上げた。
沸騰を終えたらしいケトルがカチリと音を立てると、それに気づいた彼女が「先にコーヒー淹れちゃうね」とふわりと甘い香りを残して俺から離れた。
「私が淹れるとさ、濃いって言うんだよね。苦いから嫌だって、お砂糖たくさん入れるの。・・・でも斎藤くんは美味しいって言ってくれるから淹れ甲斐ある」
どうぞ、と色違いのマグカップに注がれたコーヒーを並べると、広げたアルバムを二人覗き込む。
「・・・・・・・・・」
眉間に皺を寄せ、総司の写真を眺めている彼女が何を思っているのか。
「・・・みょうじ?」
「・・・・・・ムカつく」
「どうした?」
「絶対モテた、だって、ムカつくくらい可愛い!!」
アルバムの総司の写真を指差し、少し頬を染めた彼女は、見るんじゃなかったといいつつも、緩んだその口元は、愛しい者へ向けられている笑顔。
「斎藤くんが羨ましい」
そうして、一つため息をつくと、マグカップに手を伸ばした。
「・・・斎藤くんは?何組?」
ページを一つめくりながら、答えない俺を不思議に思ったらしい彼女が、隣で俺を見上げた。
「あれ、同じ学校でしょ?」
「・・・・・・あ、ああ。その次、だ」
「・・・あ、居た!」
ずっと、総司にしか興味が無いと思っていた。
「斎藤くん、真面目そう。優等生、だったでしょ?」
長い睫毛を揺らしながら、昔の俺を見つめている。
「でも、今の方が断然かっこいいね」
ふわりと、笑顔を向けた彼女は、無意識なのだろうか。
「修学旅行のやつは?もう少し先?」
楽しそうにまた、アルバムをめくる彼女の細い指先と、可愛らしい笑い声と。
彼女へ伸ばした手を誤魔化すようにマグカップを握った。
「・・・・・・昔のあんたの話も聞きたい」
少し驚きつつも「大して面白い話無いけどいいの?」と照れくさそうに笑った。
「だから今度は、総司に何か仕返しをしてやろうと思ってるんだよね」
先程からずっと話し続ける彼女に相槌を打ちながら、コーヒーを淹れ直そうと立ち上がろうとすれば、すぐに察したらしい彼女が「あ、私がやるよ」俺を制して立ち上がった。
「総司の苦手なものって何だろう?」
「・・・・・・やめておけ、あいつに何かしようものなら、倍ではすまない仕返しが待っている筈だ」
「あ、やっぱりそう?」
ケタケタと、肩を揺らして声を上げて笑った。
おそらく、総司は俺とみょうじが会っている事に気付いていると思う。
それでも何も言って来ないのは、俺を信頼しているからか、彼女を信頼しているからか・・・後者だという事は間違いないだろう。
「じゃあ私、そろそろ行くね。ありがとう」
「・・・ああ」
いつも通り見送るその後ろ姿。
「またね」
「みょうじ」
「ん?」
「・・・・・・いや」
「変な斎藤くん」
そうしてパタリと扉が閉まる。
しばらく玄関から動くことができず、彼女を迎えた時のことを思い出していた。
キラキラと瞳を輝かせて、何かに夢中で必死な彼女。
その何かとは、紛れもなく“彼氏”で。
しんと、一瞬で静けさを取り戻した部屋に戻ると、広げられたままの卒業アルバム。
「優等生、か」
自分が見れば、今と大して変わらぬと思うのだが。
もしかしたら、また今度来た時に見たいと言われるかも知れないと、クローゼットではなく本棚にそれを押し込んだ。
次を期待しているわけではないが、彼女が言ったのだ、そう思う方が自然だろう。
否、それは期待しているということか―――
『またね』
彼女は決して、“さよなら”を言わない。
END
(NEXTあとがき→shiさまへ!)
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