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act1.シロクロ



「久しぶり」

まるで、この3年間の沈黙の期間など無かったかのように話しかけてきた彼は、見慣れない黒のスーツと黒のネクタイに身を包んでいた。

右手には、真っ白い紙袋。

「げ、元気だった?」

もう少し気の利いた事を言えないのかと、自分に呆れながらも、見上げた彼の瞳は、あの時みたいだった。

私にさよならを言って突き放したあの時。

「まあまあ、かな」

「・・・なにそれ」

「なまえは?」

「・・・まあ、まあ・・・?」

ふ、と笑った切なそうな笑顔の理由が、彼を包みこんでいるその黒い衣装だとするのであれば、私はどこまで聞くべきなのか分からない。

でももしそれが、3年ぶりに会った私への嫌味であるのならば、突っ込むべきなのだろうけど、そんなこと迷えるくらいの余裕がその時の私にはまるでなかった。

だから、久しぶりに呼ばれた名前に、喜んでいる余裕だって無かった。


右手から、左手に持ち直したその白い紙袋の中身になんて、興味ない。

無いけれど。それに視線を移した私に気付いた彼は、今度は苦笑いをこぼして言った。

「見ての通り、お葬式」



・・・・・・誰の?



そんなの、聞けるわけない。

総司のその表情は曇っているし、確実に近しい人だとは思うけど、それを聞いたところで私が上手く慰めてあげられるなんて思わないからだ。





「彼女の、ね」





何を、笑っているんだろうか、この男は。

何かを、私に求めているのだろうか。

その、リアクションが困る発言に対して、私が与えられる言葉なんて、たかが知れている。


「そう、なんだ・・・」

「あはは、本当、馬鹿だよね」


総司だと、思った。

横断歩道を渡ってくるその姿は、確実に総司だって、分かってた。

目を逸らして、交差点の先を見ていた私に、わざわざ声をかけてくるなんて。

あんなに私を好きだと言って、簡単に捨てた、総司だって。

私がいくら連絡をしても、一切返事をよこさなかったんだ。

今こぼした“馬鹿”が、彼女に対してなのか、彼自信に対しての言葉なのか。

私には昔から、彼の考えている事がまるで分からなかった。


「・・・・・・そ・・・沖田くん」

「他人行儀。何それ。総司で良いよ、気持ち悪い」

「は。・・・・・・やっぱいい」


あんた、泣いてないでしょって、言いたかった。

“彼女”って事は、今の愛しい人だったんでしょ?

その人が、冷たくなって、しまったんでしょ?

どうしてあんたは、笑ってられるの。



ピクリと、頬がひきつったのを見逃さなかった。

「なまえは昔からそうだよね。思ってるのにちゃんと言わない。だから誤解されるんだよ」

「・・・・・関係ないでしょ」

「可愛くない」

「大きなお世話」

「・・・・・・本当、可愛くない」



「うるさいな、わかっ・・・・・・そう・・・じ?」




「なまえみたいに、可愛くなければよかったんだ」




駅までの道のりを二人並んで歩いた大通り沿いの歩道は。

少し声を張らなければ聞こえないくらいの騒音を掻き鳴らして車が行き交う。

だから、彼が呟いた言葉も分からなかったし、彼が白い紙袋を落とした事にも気がつかなかった。



懐かしい匂いのする彼の腕の中。

少しだけ鼻をつくお線香の匂いが思い出させるのは子供の頃の夏休み。

それでも、彼の温もりは変わらなかった。

別れてからも想い続けてきたこの3年間を、どうして振ったはずのあなたか近づかせるの?



思い出すのは、忘れたつもりになっていた、思いを告げたあの日の事。

僕も君が好きだよなんて、頬を染めて言ってくれたあなた。

二人で行った映画も、ショッピングモールも、カラオケも、海も、花火も、クリスマスも誕生日も。

別れを、告げられた事も。

必死で忘れようと思って、努力してきたこの私の3年間を、どうしてあなたは、一瞬で埋めてしまうの?


「総司・・・・・・」

ただ、愛しくて私を抱きしめてくれている訳ではないという現実を受け止める事をしたくなくて、私も彼の背中に腕を伸ばした。

「どうして・・・なんで、ついこの前まで元気で笑って・・・・・・」

「・・・泣いて良いよ?」

弱っているところを見せるのを極端に嫌う人だった。

見かけた時に既に潤んでいるその瞳に気付いてしまったから、私から声を掛けられなかった。

近しい人が亡くなったんだろうって、滅多に涙を流さない彼が、“悲しい”気持ちを感じているんだろうなって、分かったから。




「愛してるよ、僕は、今でも、ずっと、これからも、愛してる」




ぐすぐすと、鼻をすすりながら嗚咽を漏らして涙を流す彼の背中をさする事しかできなかった。

その愛してるは、私に向く事はもうないのだろうと、熱くなった目頭をどうする事も出来ずに、ひとつ瞬きをすれば涙がこぼれ落ちていく。




「気のすむまで、愛してあげて」





ついて出たその言葉に自分でも驚いていたら、総司が笑ってくれた。


抱きしめていた腕はいつの間にか解かれて、彼は大事でもなさそうなその白い紙袋を拾い上げた。


「言われなくても、そうするよ」



・・・本当は、私を愛して欲しいの。

もう一度、好きだよって言って笑って?

愛してるって、言って、抱きしめて、愛撫して、狂わせて。




でも、それが、叶わないのなら。

「ねえ、一つだけ約束して」

赤くした鼻の頭をそのままに、歩き出していた彼は立ち止まって、何も言わずに振り向いた。

そう、呼びとめなければ彼が、消えてしまう気がして。





「自分が死ねばよかったのに、なんて思わないで」

















次に僕らが会えた時は、運命かもしれないね――――





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