「ん、雨・・・」

なんだか朝から頭が痛いなと思って頭痛薬を飲んでいた。

そうか、雨のせいならば納得だ。

薬を飲んでじっとしていたせいでいつの間にか眠っていたらしい。

ゆっくりとまぶたを開くと、窓を打つ雨の音が静かに聞こえた。

気圧の変化が原因らしいそれは、自分ではどうにも対処のしようがない。

薬が効いてきたおかげでだいぶ落ち着いたけれど、頭が痛いと何もできない。

頭じゃなくても、体調が悪いと、だ。

ごろんと寝返りを打ち、今日の晩御飯何にしようかな、冷蔵庫に何があったっけと頭の中で献立を考える。

「・・・・・・だめだ」

買い出しに行かなければ、晩御飯はできても明日の朝ごはんが作れない。タマゴ、使い切っちゃってたし。

「うーん、」

それなら献立はスーパーに行ってから考えればいいかと、私はまた布団にもぐりこんだ。


雨粒のリズムがなんだか心地よくてまた、うとうとし始める。






しとしと。

しとしと。



ああ、そう言えば。

総司に出会ったのも、雨の日だった。

心地いい雨の音に。

私はまたゆっくりとまぶたを閉じた。






突然降り出した雨に、私は慌てて店頭の花を濡れないようにと店内に下げた。

花にとっては恵みの雨かもしれないけれど、商品なのだから鉢だって汚すわけにはいかない。

足元を見ながら作業をしていれば、少しだけ泥のはねた革靴が視界に入り込む。

「・・・いらっしゃい、ませ」

「すみません、ちょっとだけ雨宿り良いですか」

お客さんだ、と顔を上げれば、花に頼らずとも女子が寄ってきそうなイケメンが雨を滴らせてそこに立っていた。

結構ずぶ濡れだ、スーツの色が濃くなっている。

どこから走ってきたのだろう。このあたりはあまりお店がないから・・・。

「え、ええ・・・もちろんです」

そう答えながらも雨宿りしたところですぐには止みそうにないけれど。

手で髪や肩の雨を払いながらも、あまりにも整いすぎているその横顔に、私は。

「・・・あ、もしかして邪魔かな?」

私の視線に気づいた彼は、ごめんね、と一歩私から離れた。

「い、いえっ・・・あの、濡れたままだと、風邪を・・・こ、これ良かったら」

「君の・・・?汚れちゃうよ」

「じゃ、じゃあっ、タオル、お持ちします!」

ちょっと、ちょっとだけ、待っててくださいねと言いながら、私は慌ててパタパタと店内に駆け込んだ。



・・・しまった、見惚れてた。もちろん整った顔だなとは思ったけれど、彼が纏っている雰囲気が、なんだか好きだなって思った。

引き出しから取り出したタオルをきゅっと握り締めながら、たった今出会ったばかりの彼のことを考えて、知らない誰かに嫉妬してる。

違う違う、風邪ひいちゃうから、急がなきゃ。

私はまた、彼が居る店先へと戻った。

「すみません、お待たせ・・・しま、」

大きな水たまりが、青空を映していた。

歩道まで出れば、目を細めるほどの眩しい日差し。

あたりを見回しても彼は居なかった。

「・・・はぁ」

・・・・・・なんて、がっかりしている自分。

スーツだったし、仕事中に決まってる。

急いでいたに決まってる。

ほんの一瞬だけ、無意味な嫉妬をしてた自分に、後悔してる。

いつもこうだ。

タイミングを間違えて、すれ違う。

思い出しても涙すらでなくなった昔の恋にため息をついた。





それから一週間くらい経っただろうか。

「こんにちは」

「いらっしゃ・・・あ、」

スーツじゃないから一瞬誰だかわからなかった。

あの日と同じ笑顔で、またお店に現れた彼。

また会えると思ってなんていなかったから。

「この前ありがとう。汚れたままじゃ返せないと思って。はい、」

ごそごそと取り出したのは、綺麗に折りたたまれた私のハンカチ。

忘れてた。わざわざこれを返しに来てくれたのか・・・。

「それと、お礼に」

「・・・えっと、」

小さな包みを開ければ―――







「・・・・・・わ、」

枕元で鳴り出したスマホに驚いて飛び起きた。

『・・・なまえ』

「総司・・・」

『あ、寝てたでしょ』

「えー・・・?」

『あれ、もしかしてまた頭痛い?』

「平気」

『本当?』

「本当。薬飲んだから落ち着いた」

『ごめん、傘持ってなくてさ。駅まで迎えに来てもらえる?あと30分後くらいに着くんだけど』

「行く行く、あ、じゃあ買い出し付き合って?」

『うん。ねぇ久しぶりにハンバーグ食べたい』

「・・・わかった、」

『あ、電車きた、また後でね』

「気をつけてね」




さてと。

のそりと身体を起こして、すっぴんの顔を軽くメイクして。

冷蔵庫を一応開けて中身を確認する。

あ・・・牛乳も買わなきゃ。




「おかえり」

「ただいま・・・あれ、傘は?」

「・・・ん・・・あっ!」

総司に言われてハッとする。迎えに来たのに自分の傘しか持ってきていないなんて。

「まあ良いけど。くっついてたいなら素直に言ってくれれば良いのに」

「そ、そういうんじゃないって、本当に忘れてっ・・・!」

「いいの、僕はこうしてたいから」

私がさしていた傘をひょいと取り上げると、その手を繋いでスーパーに向かった。




あめあめ、ふれふれ




「よっぽど気に入ったんだね?」

「ん?」

「ハンドクリームの匂いがする」

「ああ、ごめんごめん」

「良いんだ、そんなに気に入ってくれると思わなかったから嬉しい」

「だって、初めてもらったものだし、なんか・・・そういうの、大切にしたい・・・から」

「・・・ねえ、あんまり可愛いこと言うと」



傘に隠れて、キスをした。


END


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