酔っ払った。
フラフラと覚束無い足取りで進む。
外の冷えた空気が、火照った頬を掠めていく。
「みょうじ、飲み過ぎだ」
「えへへ、知ってるよ」
普段ならこんなに飲まない。
なんでかって、だって、彼氏になったばかりの斎藤君と二人でさっきまで私の家で飲んでいた。
嬉しくて、飲みすぎないわけ、ないでしょう。
送らなくていいと言われたけれど、私が少しでも斎藤君と一緒にいたいから、終電で帰ると言った彼について家を出てきたのだ。
駅まで歩いて15分。
ぎゅっと繋いだ手のひら。
行き交う車のヘッドライトが眩しくて逸した視線の先にあった斎藤君の横顔が、すごくきれいだな、なんて私、相当溺れてる。
「ねえ、斎藤君」
「何だ」
「私のこと、本当に好き?」
「・・・・・・急に何を」
「ねえ、好き?」
進もうとする彼を、立ち止まった私との間で繋いでいた手が引き止めた。
視線を泳がせながら、小さく“好きだ”と唇が動いたけれど、通り過ぎる車の音がうるさくて、彼の声は届かない。
「うん、ありがとう」
彼が恥ずかしがり屋なのは知っているから、たとえ声が聞こえなくても、嬉しい。
彼を見上げて微笑むと、今度は、きょろきょろと周りを見渡していたから、どうしたのだろうかと声をかけようとした瞬間、
―――う、わ。
遠慮がちに、一瞬だけ重なった唇。
暗がりでもわかるくらい、真っ赤になった頬をふい、とそらすと、繋いでいた手を引いて歩き出した。
「斎藤君・・・・・・?」
「・・・・・・なんだ」
「はじめって、呼んでいい?」
「・・・・・・好きに、しろ」
「・・・うん、する」
改札を通る時、つないでいた手を離すのが嫌だった。
もっと一緒にいたいなって、泊まっていけばって言いたいのに。
私は、定期を取り出して彼の後をついてホームまで降りた。
「まだあと、2本あるみたいだね」
「ああ」
「こんな時間まで、ごめんね」
「・・・いや」
「また来週かな」
「そうだな」
冷たい風に撫でられたせいか、すっかり酔いが冷めてしまった気がする。
だからきっと、この頬が熱いのはお酒のせいなんかじゃなくて。
「今度は・・・はじめの家に遊びに行きたい」
「あ、ああ」
ちょうどホームに入ってきた電車は終電の1本前。
降りる人を避けて立っていた彼のその背中に、抱きついてしまいたいと思う。
けれどきっとそんなことをしたら彼が困ってしまうと思うから―――
「みょうじ?」
「・・・・・・あ、ごめん」
無意識に、彼の手を握ってしまっていた。
離そうとしたら、今度は彼が私の手をぎゅっと握って呟いた。
「あと、10分だ」
「・・・ありがと」
もう少し一緒にいたい、その私の気持ちが伝わったのかな。
足早に階段を駆け上る人の流れに飲まれないように、そっと彼の背中に隠れた。
黙って手をつないだまま、あっという間に10分が過ぎて、少し遅れて終電がやってきた。
「・・・・・・またね」
「ああ、邪魔をしたな」
「ふふ、邪魔だなんて」
「また、連絡する」
「うん」
発車音がホームに響く。
ああ、もうお別れの時間だ。
「ばいばい」
「――――――」
ふっと私の耳元に唇を寄せて、囁かれたその声に意識を持って行かれている間に、彼は電車に飛び乗った。
「はじ・・・・・・っ」
もっと、一緒にいたいのに―――
最終電車
「え、な・・・なっ、なに!?なんでっ!?」
ドアが閉まる直前に、終電に乗ったはずの彼が降りてきた。
「・・・その様な寂しそうな顔をされては、帰るに帰れぬ・・・」
「だ、だってっ・・・・・・はじめがあんなこと言うから・・・!」
“俺も、なまえと呼ぶことにする”
言い逃げなんて、許さない。
END
祝"さかなざ"一周年!!Mifuyuさまへ捧げます。
2014.06.07 はに
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