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バタバタと二人、キッチンで準備をしていればあっという間に18時。
原田さんに永倉さん。部長の土方さんと、次々と人が増えていく。
お酒を買いに行った二人は案外遅くて、沖田さんは「気を利かせてあげたんだよ」なんて、重そうなビニール袋を下ろしながら斎藤さんに言っていた。
「この間送ってあげたのと、これで貸し二つになったね」
「いいから、座っていろ」
「はいはい」
あっという間に賑やかになったリビングでは、斎藤さんと作った料理を取り囲み、みんなが待ってましたと奪い合うようにお酒に手を伸ばす。
「・・・皆さん、楽しそうですね。頑張って作った甲斐がありました」
料理に使ったボウルやお鍋を洗いながら、リビングを眺めていれば、斎藤さんがあの時と、同じセリフを口にした。
「みょうじ、あんたは・・・・・・楽しんでいるのか」
「楽しい、ですよ?」
泡だらけの手を動かしながら、私が同じように返事をすると、口元を緩めて笑った斎藤さん。
みんなの賑やかな声を聞きながら、この状況にドキドキとしているのは、このまま、同じ会話を続けていれば、彼の真意がわかるかも知れないと、思ったから。
私の手を、握った理由。
「一君、皿足りねえ!」
カウンターキッチンから顔をのぞかせた藤堂君の言葉に、現実に引き戻されれば、一気に顔に熱が集中してしまって、慌てて手元に視線を戻した。
「皿など、勝手に棚から持っていけばいいだろう」
「なんだよ、一君今日冷てえの」
洗い物をする私の横で、二人の会話が飛び交う。
「・・・・・・なまえ?」
「え、あ、何っ!?」
「お前、キッチン似合うな」
呼ばれて、慌てて顔を上げると、ほろ酔いで、ピンク色に頬を染めた藤堂君がニカっと笑った。
「一君と、夫婦みてぇ」
「なっ・・・!?」
「平助!」
「あはは。えーっと、皿・・・左之さん、何枚ー!?」
完全に、言い逃げ。
この斎藤さんとの間に流れる空気をどうしたものか。
かき乱したまま、笑いながらみんなの輪の中に戻ってしまった藤堂君を見やりながら、私は慌てて口を開いた。
「・・・さ、斎藤さん、早く片付けて、私たちも参加しましょう?」
「・・・ああ」
洗い上げたボウルを手早く拭きながら、ため息混じりの返事が聞こえた。
慌ただしく、料理を追加したりお酌したり、愚痴を聞いたり絡まれたりしていると、あっという間にもう24時を回ろうとしていて。
「じゃあ一君、ごちそうさま」
さっきまでいびきをかいて寝ていた永倉さんと藤堂君をたたき起こした沖田さんが、何事もなかったかのようにみんなを引き連れて玄関へと向かった。
「なまえちゃん、美味しかったよ。また作ってくれる?」
「もちろ・・・」
「総司、皆が待っているだろう、さっさと行け」
私の言葉を遮った斎藤さんが、部屋が冷えるから早く閉めろと、開け放たれた玄関の扉に手を伸ばした。
「・・・はいはい、じゃあね、また会社で」
「お気をつけて」
斎藤さん越しに、覗き込むように私に手を振った沖田さん。
「・・・なまえちゃんも」
「え?」
「ばいばい」
リビングに戻れば、あんなに賑やかだったのが嘘みたいに静まり返っている。
「すまない、茶でも淹れよう」
テーブルを少し片付けながら斎藤さんがそう言った。
「いえ、早く片付けちゃいましょう!」
「・・・少し、休憩しないか。あんたは、働きすぎだ」
「え?・・・じゃ、じゃあ、お言葉に、甘えて」
斎藤さんがキッチンへ向かい、お茶の用意をしてくれているのが、なんとなく申し訳なくて。
とりあえず、できる限りテーブルの上を片付けてゴミをまとめておいた。
コトリ、とテーブルに置かれた湯呑に手を伸ばし、淹れたてのお茶を飲み込んだ。
「はぁ・・・落ち着きますね」
「あんたは仕事の時もそうだが、力を抜くことを知らぬのか」
「え?」
隣に胡座をかいて座った斎藤さんが、ほんの少し私のほうを向いていて。
ああ、これ。
あの日と一緒だ。
この距離感と、位置と。
「・・・そんなつもりは、なかったんですけどね」
「いや、お陰で助かった。礼を言う。だが、もう少し・・・」
「?」
「その、だな・・・・・・いや、」
何かを言いたそうに、でも何を言いたいのかわからないけれど、一生懸命言葉を紡ごうとしている斎藤さんが、なんだかとても愛らしくて。
「斎藤さん」
「な、なんだ」
「・・・これでも私、あなたを避けているように見えますか?」
一瞬、驚いた表情は見逃さなかったけれど、すぐに視線を逸らしてしまった彼が、あの日、何を言おうとしていたのか。
「ずっと、気になっていた」
ぽつりと一言呟いた言葉。
すると、溢れ出すみたいに、どんどん饒舌になっていく斎藤さん。
「仕事の時も、いつも先回りしてこなしてしまうあんたが、何事にも一生懸命なのだと、今日分かった」
そう言って、まだ温かい湯呑を握り締めた。
「だが、あまり肩の力を入れすぎるのも、疲れてしまうだろう」
「・・・・・・気に、したことなかったです」
「だから、だな・・・俺が、あんたを助けたいと、何かをしてやれる隙が無いのだ」
「・・・いえ、そんな、別に私は」
「仕事のやり方を変えろとは言わん。だが・・・・・・その、」
また言葉を詰まらせた彼が、視線を彷徨わせて、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
「ほんの少しでいい。俺を頼ってはくれぬか」
「斎・・・・・・」
「俺に、甘えては、くれぬだろうか」
重なった視線に、一度どきりとはねた心臓は、速さを増して。
あの日みたいに、斎藤さんが握った私の手は、手探りなんかではなかった。
伝わる彼の温もりに、きっと真っ赤になっている私。
「・・・なまえ」
初めて呼ばれた名前。
「なまえ、あんたを、もっと近くで、見ていたいと思う」
ぎゅ、と力を込めて握られた手が熱いのは、私のせいか、彼のせいか。
「あんたを、守りたいと、思う」
「私・・・」
「俺のそばに居てはくれぬだろうか」
「・・・・・・私、本当は」
彼の手を、繋ぐように握り返した。
「斎藤さんと、もっと近づきたいとずっと思って・・・」
手のぬくもりよりも、もっと近くで、彼の鼓動が響く。
抱きしめられた彼の腕の中で、一層、ドキドキが早くなった。
「あんたが、好きだ」
「斎藤さ・・・・・・ん」
この人のそばにいたら、私どれだけのドキドキと幸せを感じられるんだろうか。
優しく、重ねられた唇に、治まらない鼓動。
コツンと額をつけて、お互い照れ笑いをこぼした。
“無事に帰れた?このあたりは狼が多いから、捕まってないといいけど”
なんて、翌朝届いていた沖田さんからのメールを斎藤さんに見せると、頭を抱えて溜息をついていた。
「ふふ、言われてますけど」
「知らん」
少しだけ、ふてくされたような彼が立ち上がり、寝室を後にした。
それを追いかけるように、私も彼の後をついていけば、キッチンで昨日の洗い物を片付けようとしていて。
「・・・・・・なまえ?」
「そばに居るって、言いましたから。離れませんよ?私。結構しつこいんですから」
後ろからぎゅ、と抱きしめれば、器用に振り向いた彼が、私の頬にキスを落とした。
「奇遇だな、俺もそのつもりだ」
あなたの温もりを知ってしまえば、離れることなんて、できない。
END
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