私の理想が高すぎて、今まで自分から誰かを好きになることが無かった。

言われれば、まあ付き合ってもいいかなと思うけれど。

だからこそ、一目惚れをするなんて思いもしなかったし、どうやって相手に気持ちを伝えたらいいのか悩む事になろうとは思わなかった。



フォーリン・ユー



――――――2年の春。

クラス替えで仲の良かった友達と離れてしまった。

そしてなんとも不運。元彼と同じクラスになるっていう。

神様って、どこにいるんだろう。

ため息をついて、机に突っ伏していると「おはよう」と、誰かが教室に入ってきた。

どよめく女子の「きゃあ」という黄色い声に何事かと顔を上げると、

「少し遅れてしまったな、すまない。今日から1年間、お前たちの担任を務める斎藤一だ。よろしく頼む」

ちらりと、黒い革ベルトの腕時計を確認しながら、教卓に立った先生。

艶っぽい声と落ち着いた話し方。一目惚れならぬ、一聞き惚れ?鳥肌立ったんですけど・・・。

生徒全体を見渡していた先生とばっちり目が合った。

(やばい、めっちゃタイプだ)ごくりと生唾を飲み込んだ。

全力疾走をした時よりも、早く打つ鼓動に驚き、先生から目を逸らす。やばい、やばい。


聞けば、新任の先生らしい。

どーりで見たこと無いわけだ。こんなイケメン、私が見逃すわけがないもん。

それから体育館へ移動して始業式が始まり、新任の先生達の挨拶が始まった。

マイクを通して聞く斎藤先生の声に、ゾクゾクとしてしまう私はきっと変態。

皺ひとつないスーツと、きちっとまっすぐに締められたネクタイ。

ぴんと延びた背筋からは、彼が”真面目”ということしか伝わってこない。

(ふーん。風紀委員の顧問か・・・。さすがに風紀委員には入りたくないや。教科も数学って言ってたし。全然アピール出来るところ無いな)

周りの女子たちは、「怒られないようにスカート長くしなきゃ」とか話している。ばかだなー。逆に目を付けられた方が気に留めてもらえるじゃん。

て、あれ?自分、今なに考えてた・・・?そっか、そうだ。目をつけられたらいいんじゃん。

毎度毎度怒られて「まったくあいつは、やれやれ」くらいの方が、どうにかしてやらないとなと思われるのでは。

思い立ったら即行動。だって、周りの女子の反応からして、みんな先生を狙うハズ。待ってなんていられない。





―――翌日、

完璧だ、と鏡の中の私にうなずく。

メイクはチークとマスカラを濃い目に。アイシャドウにはライトブラウンを薄めに。

スカートも校則より2センチだけ短く。

分かるか分からないかのギリギリのラインだと思うけど、絶対、斎藤先生なら気づくはず。

朝が弱くて、いつも滑り込み登校の私だが、先生を落とすためにといつもより1時間も早起きした。

案の定、斎藤先生が校門に立ち、取り締まりを行っていた。

「待て、スカートが短い。直して行け。」

(やった)

内心のガッツポーズを悟られないよう、口を尖らせて上目使い。

「えー嘘だあ。測ってみて下さいよ」

ため息をつきながら風紀委員の女子生徒に私のスカート丈を計らせた。

(なんだ。先生が測るわけじゃないのか)

「2センチ・・・短いですね」

「みょうじ・・・」

「・・・・・・てへ」


翌日はピアスもして。

「みょうじ、ピアスは外しておけ」

さらに翌日。

「またみょうじか。髪は・・・」

「えー、先生?ゆるふわパーマはダメで、ストレートパーマはいいんですか?どっちもパーマですけど」

「なに?ストレ―ト・・・???」

クスクス

「勉強不足ですね、せんせ」

遅刻したくないのでお先に失礼しますね、とさらりとかわした私に、先生は腕を組んではてなマークを飛ばしていた。

(ちょっと意地悪だったかな)



とりあえず、「やれやれ、こいつは手のかかるやつだ」くらいに思ってくれているはず。


数週間後、ホームルームで放課後生徒指導室に来るように先生に呼び出された。

心の中でこぶしを握り締めながら「えー、めんどくさい」という顔をして見せる。

さて、どうして先生を落としてやろうか。

あの真面目で硬い先生の事だから、好きだと言われて「分かりました付き合いましょう」とは行かないはず。



扉の前で、深呼吸をひとつ。

ノックをして「失礼します」と扉をあける。

「・・・来たか」

「・・・・・・っ」

この人、ずるい。無意識なの?

普段見たことがない黒縁めがねをかけた先生は、窓に寄りかかりながら読んでいた本をぱたりと閉じた。

(かっこ良すぎるんですけど・・・。)

二人きりのこの教室に緊張して、さっきまでの勢いが衰えてしまいそうになる。

先生から、目が離せない。



「そこに座れ」

「・・・先生の隣がいい」

「?・・・別にかまわんが」

長机のパイプ椅子を2脚、少し内向きにして私を座らせると、隣の先生は腕も足も組んで完全防御を決め込んでいた。

(隙がない・・・)

私はと言うと、スカートは短いまま、ちらりとのぞく膝に両手を置いて少し背中を丸めた。

「何故呼び出されたか分かるか」

「・・・・・・」

「おまえの校則違反が目に余る。何度注意しても直らないのは、何か理由でもあるのかと思ってな」

「・・・え?」

「違うのか?」

「・・・だって・・・怒られると思ったから」

私がそうつぶやくと、大きなため息をついて先生は

「むやみやたらに怒ってしまっては、反発を招くだけだろう。理由がなくやっているのであれば怒るがな」

まさか、心配さてるなんて思わなかったから、すこし驚いた。それと同時に、信頼できる先生だと思った。

「・・・先生は、優しいんだね」

「そうか」

「うん。・・・それから、かっこいい」

先生は、黙って私の言葉を聞いていた。

きっと過去にも女子生徒から告白されたことがあるんだろうと思う。

もしかしたら、気づいているかもしれない。

「でもね、つじつまは合っていると思うの」

「どういうことだ?」

「先生に、私の事を考えてほしかったの」

「それは・・・」

「最後まで言わせて?

斎藤先生は、初めて自分から好きになった人。

初めてだから、どうしたらこっちを向いてくれるか分からなくて。先生の気がひきたかっただけなの。

短いスカートが好きなわけでも、ピアスが大事なわけでもないの」

「みょうじ・・・」

「ねえ先生、私に恋を教えてくれない?」

勇気を振り絞って、とかそんなことなかった。緊張はしたけど、言いたい事がすらすら出てきてちゃんと伝えられたと思う。

「おまえは、手のかかる生徒だと思っていた。だが、それは俺のせいだったのだな」

片手で顔を覆いうなだれた先生はため息をひとつ。

「俺なんかの、何処がいいというのだ」

「・・・ぜんぶ。声も、顔も、性格も。真面目すぎるところも。きれいな字も。分かりやすい授業も。全部好き」

まっすぐに先生を見つめて言えば、先生は立ち上がって窓際に移動した。

すっと、カーテンを閉めると電気の点いていない教室は薄暗くなる。

入口の扉もすりガラスで廊下からは見えない。先生によって作られた密室に、鼓動が早まる。

「俺は、お前が思っているほど、真面目ではない」

座っている私の前にしゃがみこんで、膝の上の手をそっと握ってくれた先生。

「でも先生、今まで生徒に告白されたこと、たくさんあるでしょ」

「・・・・・・否定はしない・・・」

「ほら、そうやってたくさんの女の子泣かせてるんだ。でもそれは、先生が真面目で、生徒との恋愛を考えなかったからじゃないの?」

「悪いとは、思うが。思わせぶりな態度をとって悲しませるよりはよほど良いだろう」

「・・・やっぱり真面目で優しいよ」

遠まわしに、きっと先生は私の告白も断っているんだって、なんとなくわかる。

たまった涙は、一度の瞬きでこぼれ落ちた。

「みょうじ・・・?」

下から私の顔を覗きこんでくる先生の、切なそうな顔がよけいに涙をあふれさせた。

「くやしい。・・・私結構自信あったんだよ」

「何を言っている」

「もういいの。ありがと。明日からは校則もちゃんと守ります。すみませんでした」

そうして立ち上がろうとした私は、気がついたら先生の腕の中に居た。

「せ・・・先生?思わせぶりな態度はとらないんじゃなかったの?」

「俺はまだ、答えを言っていないはずだが?」

「え」

「恋を教えてほしいと言ったな」

「・・・はい」

「お前はもう俺に、恋をしているのだろう?」

「・・・はい」

「ならば、教える必要などあるまい」

え・・・?

「恋ではなく、愛し方を教えてやる」

「せん・・っ!なにその恥ずかしいセリフ!!!やだ、ちょっと・・・んんっ!」

あっと言う間に奪われた唇に、密室にした意味をようやく理解した。

この人は真面目の皮をかぶった狼だ。




「せんせい、ずるい・・・・・・?あれ、真っ赤じゃん!」

「み、見るな」

「やだやだ、見せて―!」

「おまえは、本当に手のかかる生徒だな。この口か?」

「そうだよ。もう一回、してもいいよ?」

ゆっくりと重ねた唇。こんなに優しいキスをもらったのは初めて。



さあ、どうやってこの恋を育んで行こうか―――



END


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