嘘だ。嘘だ嘘だ。


避けていたのに、どうして?


でも、嘘じゃないのは明確で。

お腹をなでながら、そこに宿った命に声をかけた。


「ごめんね」


妊娠検査薬を片手にリビングで固まっていた私の脳裏によぎったのは、

おとといの夜の生々しい吐息と体温と、彼のわざとらしい笑顔。



センシティヴシンフォニー







元彼と別れてから半年。欲求不満の私は、シテくれそうな人に声をかける為に駅前に来ていた。



まずは指輪をチェック。

それから、お金を持っていそうで、それでいて重くない、秘密主義な人。

それに、どうせならかっこいい人がいいな。理想を並べながら人間観察。

…そんな人、居るわけないかと、その場にため息を残して帰ろうとした瞬間だった。



――――いた。



指輪は…してない。

秘密主義なら、指輪をしていても良いんじゃないかって思ったけど、

あとあと面倒くさくなるので、それは最低条件だった。

それに、結局罪悪感とか感じてしまうんだ私は。



会社帰りなんだろう。

びしっと決めているスーツに、緩めたネクタイが少しセクシーで。

ちょっとふてくされたようなその表情がまた、たまらなく好みだった。

指でなぞりたくなるほど綺麗な輪郭に。柔らかそうな髪。

ふわりと香った彼の残り香に誘われるように、後ろから追いかけて声をかける。

「すみません。ホテル、行きませんか?」

「……ラブがつくやつの事かな?」

無視されても良いや、と思ったけれど、案外彼はきちんと私の顔を見て返事をしてくれた。

驚く様子を見せないのは、声をかけられ慣れているからかも知れない。

「そ。お兄さん、かっこいいし」

そう言ってみれば、彼はニヤリと口の端を上げて笑う。

「逆ナンなんて勇気あるね。うん、そうだね、お姉さん可愛いし。いいよ」

まさか承諾してくれるとは。

ちらりと視線を落とした先には、高そうな腕時計。







週に1回。火曜の22時に南口で待ち合わせ。

それはいつの間にか決まっていた。

すっぽかされたことはない。彼は律儀に、いつも私を待っていてくれる。

優しさなのか。ただ、快楽に溺れたいだけなのか。

もちろん、後者であるとは分かり切っていたが、彼が時折見せる優しさに、揺らいでいたのは事実だった。


関係がこんなに続くとも思わなかったし、私も別に、したくなったら連絡するで良いと思っていたんだけど。

「連絡先?いいよ、そんなの交換しなくて。だって、その方が秘密っぽいでしょ」

確かに、待ち合わせの日はいつもドキドキしていた。

携帯に連絡なんてできないわけだから、遅れないようにしなきゃって、いつも彼のことを考えていた気がする。



それからの火曜日は楽しみではあったが、1度会社でミスをして落ち込んだ時があった。

それでも約束を破りたくないし、どうしてか、彼の顔が無性に見たくなって待ち合わせ場所に行くと、

明らかに落ち込んでいる様子の私をみて「なにかあったでしょ」躊躇いもなくそう言うから、

別に良いやって、彼には全て話していた。上司の愚痴も、仕事の事も。

そうすると、彼は泣いていいよと胸を貸してくれたのだ。

その夜はただ、ずっと私を抱きしめて居てくれた。

翌朝、どうして何もしなかったの、と聞くと、

「君の泣き顔はたまらなく可愛かったよ」とはぐらかされた。



連絡先を知らない彼には、翌週火曜にしか会えない。あと5日、彼に何て切り出そうかと、考えながら改札をくぐると、

まさか、同じ電車だったのか、今日このタイミングで彼に会うなんて。


後ろからがっちりと両手で彼の腕をつかんで名前を呼んでみれば。

「わ、痴漢かと思った。なまえ?偶然。こんなこともあるんだね」

乾いた笑いを浮かべた彼に、大事な話があるとだけ伝えると、

「ちょうどよかった。僕も、君に話したい事があるんだ」と切ない表情を見せた。

ああ、彼も終わらせようとしているのか―――



とりあえずひと気の無い路地裏に移動して、さっきソウジが買ってくれたホットレモンで冷えた指先を温めていた。

「ソウジ、あのね。もう、終わらせなきゃなって、思ってて」

「……うん」

腰かけた何処かの裏口の階段は、ひんやりとしていた。

頬杖をついたソウジの口からでた言葉も、どこか冷たかった。

「妊娠、しちゃったんだよね」

「……え?」

ほんの一瞬だったけど、目を丸くして驚く彼の表情を初めてみた。

「それが僕との子供って証拠は?あるの?」

「だって、ソウジと出会ってから、他の人としてないもん。」

「……」

「堕ろさないと、いけないでしょ?」

冷たく言い放った私に、予想外の返事が返ってきた。

「それしか選択肢はないの?」

「え?」







「結婚。君となら、してもいいよ。」






まるでデートの約束を取り付けるみたいに、さらりと言ってのけた彼に私は固まった。



…何て?いま何て言われた?



「結婚って、本気?」

「あれ、冗談に聞こえた?」

相変わらず頬杖をついたままの彼。私って、今プロポーズされてるんだよね?

「だ、だって、私もあなたもお互い名前以外何も知らないし」

「それはこれから知って行けば良いじゃない?」

「……」

「信じられない?」僕以外の男とも寝てるって言われたらまた話は違ったんだけど。

「そう言えば、ソウジも話があるって言ってた!!」

恥ずかしさに思わず話を逸らす。とりあえず、頭の中を整理しないと。

「何それ、ずるいなあ、まあいいや。

本当は君に、終わりを告げられると思ってたんだよね」

「だって、私そのつもりだよ!?」

「だから、叶わない恋だったなーって、でも、それなら最後に伝えておこうと思ったんだよね」

何度体をかさねても、ソウジは私にキスをしようとしなかった。

どうしてって聞いてみると、キスは好きな人同士がするものでしょ、と大真面目な顔で言っていたのを思い出した。

「これなら信じる?」

優しく触れた唇に、気づいたら涙があふれていた。

「なんで?だって、私みたいな軽い女・・・」

「なまえ、好きだよ」

そうして、頬に、まぶたに、キスを降らせるソウジは、いつもと違って見えた。

あんなに、軽そうだと思ったのに。

今は、こんなに一途に私を思っていてくれてるって伝わってくるから。

「どうして?」

「……僕はだいぶ前から君に惚れてたんだけどな」

「え?」

「本当は、出会ったあの日、僕の方が先に君を見つけていたんだ」

だって、声をかけたのは私。私がそうするなんて、分からないはず。

「誰かを探している風だったからさ。でも待ち合わせをしているようには見えなかったし。

とにかく君に気づいてほしくて、何度も何度も君の前を通ってさ。3度目の正直っていうの?

やっと気づいてくれて声をかけてくれた時、すぐにでも君を抱き締めたかった」

連絡先を教えなかったのも、知ってしまったらいつ告白をしてしまうか分からなかったからだって。

今の関係を壊したくなかったからだって。

「見た目と違って、草食系なんだね」

そう笑って見せたら、頬を染めていたソウジが

「あんまり笑うと、その口塞ぐよ?」

今度は私からソウジに口づけてみれば、優しく抱きしめてくれた。

あんなに激しく抱く癖に、キスはこんなに優しいとか、ずるい。

「ねえ、なまえはどうして僕に声をかけてくれたの?」

「ただ、かっこいいなと思っただけ」

「それ、一目ぼれって言うんだよ」

「・・・・・・認めたら、全部ソウジの思い通りになる気がして」

「そうかもね」

「で、返事は?」

「う・・・」

「好きって言ってもいいよ。僕が全部受け止めるから」



二人まとめて、愛してあげるから。




―――好き。



一緒に幸せになってくれますか―――



END



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